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空が茜色に変わるころ、馬車がリフテンに到着した。真っ青な顔のシフがよたよたと地面におりる。車酔いではない。大量の錬金素材を口にしたせいで、それが胃のなかで暴れまわっているのだ。

スカイリム各地で手に入る素材がどんな効果を持つのか、確かめる方法は二つある。ひとつは店売りのレシピで知る方法。ただそれでは素材が持つ全ての効果はわからない。もうひとつ、はるかに危険で、しかも確実な方法が、自分の身で確かめるというものだ。錬金術の基礎を身につけた者であれば、その加護により、一度口にするだけで全ての効果を知ることができる。

直接口にして危なくないのか?危ないに決まっている。なかには死に至る素材だってあるのだ。シフの口の中はさまざまな素材の汁で暗く緑色に染まり、無茶を押しつけたタニシに見せびらかす。

タニシが手をのばし、首輪の内側に指を通してシフの体調をさぐる。くすぐったがるのをよそに、脈はトクトクと規則正しく命を示している。「病気にはかかってないようだな。もう時間も遅いし、店も閉まる頃だろう。薬の調合は明日にしようか」

「じゃあなんで今食わせたんだ?」眉間を狭め、シフが非難した。顔に不信の表情を浮かべている。「クモの卵とかオオカミの心臓とか、私がどれだけ嫌な思いしたのかわかってるのか?」

タニシが言う。「料理のトッピングにでもするつもりだったのか。ベラドンナや蝶の羽を」

シフは沈黙した。そんな拷問はごめんだ。とはいえタニシに言いくるめられるのが気にくわないので、「ラベンダーやスノーベリーはそうするつもりだったよ」と苦しまぎれに答えた。

互いにそんな話をしながら街に入ろうとしたところで、二人の足が止まった。訪問者を拒絶するように、リフテンの門がなぜか固く閉じられている。しかも門を守る衛兵たちが腕を組み、険しい顔でにらんでいるではないか。隣の厩舎で毛づくろいをする人々は、一騒動ありそうだ、と横目でこれから起こる出来事を見守っていた。

「入りたいなら通行料を払え」シフたちが近づくと、一人の衛兵が言った。

これ以上金を失ってたまるか。「理由を説明してほしい」とシフがたずねる。「理由など必要ない。これがリフテンの掟だ」

衛兵の返事に腹がたった。事実、ただでさえシフの腹は錬金素材のせいでむかむかしている。鋭い目つきでにらみかえし、シフは低い声で言った。

「たかる相手を間違ったな」

ぞくり。…と兵士の身体に冷たいものが流れる。盗賊のような軽い雰囲気ではない。山賊とも違う。「わ、わかった。わかったよ。門を開けてやるから。少し離れてくれ」

ほう。すぐ後ろに立っていたタニシは感心した。内からにじみ出るシフの実力が、衛兵を萎縮させたらしい。隠密のスキルを上げる過程で、攻撃能力、おそらく片手武器、のレベルもそこそこ上がっていたのだろう。本人は気づいていないかもしれないが、剣と盾を持たせれば、もうオオカミくらいなら撃退できるのではないか。

まあ、スカイリムではオオカミでさえ与しやすい部類に入るのだが。タニシは思った。日が沈めば、ウェアウルフや吸血鬼、死霊術師など、今のシフではどうあがいても勝ち目のない強敵が次々に姿を現す。夜になる前にリフテンに着いて良かった、と。そうこうしている間に、リフテンを閉ざしていた門が開かれ、二人は足を踏み入れた。


ドブみたいなにおいだ。シフの頬がひくついた。ゴミで汚染された水路。その上に街がある。中央の広場に露天が並び、夕暮れになっても賑わいを見せている。一方、下のドブ街は、野犬やネズミの一種であるスキーヴァーが残飯をあさり、腐りかけた狭い板の道に、エリーンたちが肩身をよせて暮らしている。

リバーウッドとは全然違う。その日の糧のために、盗みや喧嘩にあけくれ、殺伐とした人々が醸しだす独特の活気。同時に、水産業や鍛冶で実直に働く人々が生み出す強烈な熱。まるで蒸発した汗を吸いこんでいるような圧力に、シフは圧倒されてしまった。

「マーラの聖堂は」少し枯れたような声をしぼりだす。「ああ、あっちだ。外側の道を通っていけば見えてくる」タニシは疲れた様子のシフから離れないように、ゆっくりと街を案内した。

こんなところに慈愛の女神マーラの聖堂があるなんて、なんという皮肉だろう。シフは複雑な気持ちを抱きながら進んで行った。



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