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がばっ。

飛びあがるようにして起きたシフは、はじめ自分がどこにいるのかわからなかった。その目に飛びこんできたのは、

…マーラの像。

「はぁ…」

よかった。昨晩、疲れてそのまま眠ってしまったのだ。表の喧騒も聞こえず、鳥のさえずりが朝のまだ早い時間であることを告げる。

タニシはどこだろう。シフは椅子から立ち上がると、ケープを巻き直して聖堂の外へ出た。


白い日射しがリフテンの煤けた街並みを洗う。寒冷なスカイリムでもここは南東に位置するためか、ぽかぽかと暖かい。店主のいない屋台が中央の広場に円を描くように並び、人通りもほとんどなく、歩いているのは衛兵だけだ。

一日が始まる少し前にだけ訪れる、平和なひととき。シフは胸いっぱいに空気を吸い込む。

「おい、お前だろう?門の衛兵をうまく丸めこんだのは」

思わず飛びのいた。声の主を見ると、綺麗な瞳の優男が、さらさらの赤毛を手ぐしでとかしている。

「誰だ」知りたいのは名前じゃない。正体だ。そう訴えかける。

「お前は俺たちと同じにおいがする。土いじりや商売なんか性に合わない、手っ取り早く金を稼ぎたい、そう思っているんじゃないか?」

言わなくてもわかっているだろう?そんな言い方だ。記憶が頭をかけめぐる。話しかけられたとき、気配は全くなかった。シフが鈍感なだけかもしれないが。ただ、男の言葉から、タニシがリバーウッドの宿屋で話したことを思い出した。

『リフテンは盗賊ギルドの根城だ』

「盗賊になれというならお断りだ」キッとシフの目つきが鋭くなる。だが相手は動じない。「なあに。そんな難しいことじゃない。俺が昼間に少し騒ぎを起こしてやるから、その間にちょっと相手のポケットに物を入れてやればいいのさ」

「とっ…」

ノドが固まった。声が出ない。世界から音が消え、二人だけの牢に閉じこめられたようだった。

手強い。

男は硬直したままのシフに話を続ける。「あとは衛兵がそいつをしょっぴいてくれる。邪魔者はリフテンからおさらばってことさ。簡単だろ?」

シフは返事をしなかった。『わかった』と一言いえば、この金縛りは解けるだろう。だが、もし『断る』と言ったら?

右手に何を持っている?ポケットの中に隠しているそれは何だ?言葉にならない疑問が洪水のようにあふれだす。緊急事態。そう身体が告げている。

衛兵は今ちょうど二人の死角に立っている。それすらもこの男は計算に入れているのだろうが、いま助けを呼ぶことはかなわないだろう。

「…」聖女マーラよ。


「よお、今日は早起きなんだな」

背中をポンと叩かれた。その瞬間、糸が切れたマリオネットのようにシフが崩れ落ちる。「おい、そんな強く押してないだろ。まだ眠いのか?」

タニシはからかうように言った。そしてすぐに、その先に立つ男と目が合う。

「…ブリニョルフ」

「…」そう呼ばれた男は、それまでの目つきが嘘のようにフッと表情を変え、友好的な笑顔を見せながら一枚の紙を取り出した。

「いまファルメル万能血液薬のセール中でね。旅行者全員にチラシを配っているんだ。ほら、お前にもやるよ」

タニシに押しつけられた紙はクシャクシャだった。

『失くした手足を生やし治し、サーバルキャットのように愛しあおう !
何千年も生きられるファルメル万能血液薬 !
一本たったの 20 セプティム ! 好評販売中 ! 』

「買いたくなったら、店が開いてるときに来てくれ。用はそれだけだ。じゃあな」そう言ってブリニョルフが二人に背を向けると、その後ろからタニシが声をかけた。

「悪いな。こいつは九大神の祠にしょんべんをかけるのが嫌らしい」

ブリニョルフは一瞬立ち止まったように見えた。だが何も言わず、そのまま去ってゆく。今回は縁がなかったようだ。だが今後も、彼は見込みのある者をよこしまな仲間たちへと誘うことだろう。

タニシはシフが無事なのを確認すると、寄り添うように片膝をついた。たまらずしがみつくシフ。かたかたと身体を震わせている。その背中にタニシは両手を回したくなったが、なんとかこらえ、落ち着くようシフの両肩に手を置いた。



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