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リフテンの宿屋『ビー・アンド・バルブ』は広場の北に面している。トカゲの頭を持つ種族『アルゴニアン』の女将キー・ラバが経営する店で、昼夜を問わず人々で賑わう憩いの場だ。シフたちが入ると、リバーウッドの宿屋に入ったときと同様、薄着の女中たちが二人の冒険者を歓迎した。

この街にも戦火の影響が及んでいる。そう思いながらシフは女中から塩を、カウンターに立つキー・ラバから野菜とボトル入りの水を購入し、奥の調理鍋を借りて昼食をこしらえた。

席に着くや女中が注文をたずねてくる。シフはミルクを、タニシはエールを頼んだ。薄い衣装の吟遊詩人が巧みな演奏で宿を彩るなか、二人が無言で食事をはじめる。

カウンターでは、キー・ラバが同じくアルゴニアンのタレン・ジェイにガラガラ声で指示を出している。排他的な土地柄のスカイリムで異種族が暮らせる場所はそう多くない。奴隷のような扱いから逃げ出し山賊や追いはぎに落ちぶれる者もある。そんななかで、盗賊の街リフテンはあらゆるものを受け入れる。それが彼女らアルゴニアンにとって良い方向にはたらいていた。

アルゴニアンはタムリエル大陸南東の毒沼ブラック・マーシュに暮らす種族だ。そのあまりに過酷な環境は、彼らに大抵の毒を克服する肉体と、生肉や生のジャガイモでも食べられる丈夫な内臓、そして水中での呼吸を可能にする皮膚をもたらした。ただ、外見をのぞけば性格はスカイリムのノルドととても良く似ている。他人への強い警戒心を抱くかわり、いったん仲間になれば、危険をかえりみず守ろうとする義理堅さを持っているのだ。

「…塩が高い」蒸したマッド・クラブの脚をほおばりながらシフが言った。帝国が専売しているのか、小袋ひとつで 10 セプティムもする。手間のかからない料理なら、店で出来合いのものを買ったほうが安いと思うほどだ。

タニシは返事をしなかった。シフを無視するように、買ったパンとシフの作ったキャベツスープをあっという間にたいらげると、軽くげっぷをして、黙ったまま窓の外を見ていた。

シフは少しの食事でも満腹になるよう、ゆっくり時間をかけている。あれほど隙間なく話しかけてきたタニシが、宿に入ってからほとんど口を開かないのが気になった。アルトワインでなく、安いエールを注文していたことも。

「私が昼食の誘いを断ったのをまだ根に持ってるのか」シフが伏し目がちに言った。タニシは遠くを見たまま「いや」とさらりとした口調で言い、「そんなことじゃないさ」と少し伸びをした。

「じゃあ何だよ」「いや…」「文句あるならはっきり言えよ」「そんなことじゃないって」「そんなことじゃないって、どんなことじゃないんだよ」

ムッとした口調のシフに、隣で食事をしていた人々が二人を気にしだす。リフテンでは喧嘩が日常茶飯事だ。トラブルは起きる前に退散するに限る。

ふーっ、とタニシが酒臭い溜め息をついた。

「反省しているんだ。俺がこうも混乱しやすいバカだってことにな」

「反省?」「ああ」そう言ってタニシはエールを飲みほすと、ビンを置いて机に肩肘をついた。

「少し話が長くなるけど、いいか?」シフの顔をのぞきこむようにしてタニシが言う。近い。閉じかけのまぶたの奥に、驚いた顔のシフが映っている。女中が追加の注文をたずねてきたが、タニシは十分だと手で告げる。わずかに相手が舌打ちしたように見えた。

「ここに来た目的は、家と馬を確保して、シフのスキルを鍛えることだ。そうだな?」

シフはうなずく。タニシは続けた。「俺はここに来てからいくつも間違いを犯した」

「どんな?」「シフは盗賊じゃないから、九大神の祝福を受けられる。そのことを忘れていた。ゼニタールの祝福は何だ?」

急に出された問いにシフが答える。「ゼニタールは商売の神だ」「そうだ。ゼニタールの祠から加護を得れば、売買が少しうまくなる。二人でこんなすっからかんになることもなかった」

シフが眉をひそめる。「すっからかんにしたのはタニシだろう」ドン ! とテーブルに職人のマニュアルを置くと、両手に持ってタニシの正面に見せつけ言う。「200 セプティムだぞ 200 セプティム。わかってるのか?」

「俺は最初からポーションを売った金でそれを買うつもりだったんだ。マニュアルなしじゃ鎧を作るどころか鍛冶の Perk さえ取得できないからな」

ぐっ、とシフが唇を噛む。

「リフテンにはゼニタールの祠がふたつある。ひとつはリフテン北東の瓦礫のなか、もうひとつはドブ街のエリーンがやってる商船だ。そこで加護を受ければ…ああ…」

何かを思い出したようにタニシが顔を覆う。「その前に、スキルを速く上げられるようにするべきだった」

「おい」シフがタニシの肩に手を置き、親指でさすった。相当に狼狽し、そして失敗を後悔しているようだ。「聞いてやるから落ち着けよ。何言ってるかわからないぞ」

「…ああ。すまんな…」大きく息をつくと、タニシは姿勢を直して言う。ただ、何かに迷っているようだった。

「スキルを速く上げるには、規則正しい生活が一番なのはわかるな?」

そう言われシフはうなずく。

「それよりも速く成長できる方法があるんだ」

もったいぶるタニシをシフは訝しむ。「何だ?犯罪はやらないぞ」

タニシは首を振る。そしてシフの目を真正面から見据え、意を決して言った。

「結婚だ」



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