021

リバーウッドの宿屋『スリーピングジャイアント』に入ると、かぐわしい香りが鼻をくすぐった。

中央の大きな暖炉に薪が並べられ、端から端まであたたかな熱で満たしている。吟遊詩人のスヴェンがリュートを奏で、まるで内戦とは思えないほどの穏やかな時間が流れていた。

ただ、シフが知る宿と違うのは、薄い衣装で給仕をする何人もの女中たちがいることだった。二人が座ると、待ってましたとばかりに注文をたずねてくる。タニシはアルトワイン、シフはミルクの入った水差しと、アップルパイを頼んだ。

シフは混乱を抑えるようにミルクを一杯たいらげると、ふう、と心を落ち着けてからタニシに呼びかけた。

「ねえ、どうしてここの人たち…」「売春宿みたいだってか?」

「ち、ちが…」シフが顔を真っ赤にして否定する。タニシは遠い目をしながらボトルを傾けて言った。「彼女たちはな、内戦で家族を失ったり、戦争で故郷を追われたんだ」

「え…」「旦那、両親、いろいろあるが、まあ、ああやって客をとらないと生きていけないんだよ」

そう言ってタニシが指で丸を作る。「一晩 50 セプティムでな」

「…」スカイリムを覆いつくす残酷な現実に、シフは無言で机に突っ伏す。ジャルデュルに拾われた自分は幸福なのだ。タニシはさらに追いうちをかける言葉を放つ。「身体で稼げるうちはまだいいかもしれん。残された子供はもっと悲惨だ。家もなければ金もない。寒空のなか、凍えながら眠るしかないんだからな」

シフの脳裏に、ジャルデュルの拳骨を痛がるフロドナーの無邪気な顔が浮かんだ。元気な子供たちが、真っ暗な表情の物乞いへ変わってしまう…。


…。


「スカイリムではすぐ耳が冷たくなっちゃう」

そんなシフの心を引き戻したのは、談笑する少女たちの笑い声だった。

子供ほどの背丈に不釣り合いな、ウサギのように太い足。獣の耳と尾をもち、宝石のようなきらきらした瞳で笑顔を振りまいている。タムリエルに暮らすどの種族とも違うその容姿に、シフは心を奪われた。

「タニシ、あの子たちは?」

「ああ。精霊族 (エリーン) のことか?」「エリーン?」聞き慣れない単語に、シフが驚く。「木から生まれる不思議なやつらでな。頭の耳で精霊と交信するんだとよ」

エリーンの故郷も戦乱にのまれ、彼女たちは海を渡ってスカイリムへやってきたのだという。子供のように見えるが、長寿で、おそらくシフより年下の者はいないだろうとのことだ。

「…」話を聞きながら眺めていたシフは、ふいにエリーンの一人と目が合い、会釈した。よく見ると、鎧や武器を身につけている。

「弓持ってる人もいるな」「ああ。リバーウッドで暮らすエリーンはこのあたりで狩りをして暮らしている」「狩り」「リバーウッドの弓って知らないか?エリーンの狩人が作る名品なんだがな…」

タニシはシフの皿が空なのに気づいた。「何か注文するか?」「いい」「そうか」

女中を呼んだタニシは、エールを注文した。シフの顔はどこか晴れない。

「…なんとかならないのか?」シフがケープをつかんで言った。

ぼんやりした言い方だが、その意図するところはタニシに伝わった。

何を。いろいろ。内戦。ドラゴン。荒廃した土地。貧困。…。

「ま、手っ取り早いのは、シフが早く戦乱を終わらせて、みんなを笑顔にすることだな」タニシがエールのビンを傾け、かすかにげっぷをしながら言った。

「笑顔に?どうやって」「シフがスカイリム全員分の食事を作るとかな」

しかめ面をするシフ。「冗談はやめろよ。こんな昼間から飲んだくれて」

「ふっ」少し酔いの回った目でタニシは答える。「半分冗談、半分本気ってとこだ」

そうしてタニシは地図を取り出すと、広げて言った。

「今後の予定をたてます ! 」

大きな声に皆の注目が集まり、シフはぺこぺこと頭を下げた。



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