022

「必要なのは馬と家だ。リフテンで手に入る」

広げた地図でタニシが指差したのはスカイリムの南東、ホンリッヒ湖の端に位置する都市だった。

「金の爪を探しに行かないのか?」シフがたずねると、あきれたようにタニシが言った。「お前、山賊の根城に全財産をじゃらじゃら持って乗り込む気か?」

確かにそうだ。シフは膝に乗せている金貨の袋に目を向けた。数百セプティムでもそれなりの重さがある。銀行のないスカイリムでは、安全に財産を保管できる自宅なしにまともな旅はできない。

「それに、お前はまだ見たことがないかもしれないが、ブリーク・フォール墓地は巨大な遺跡でな、ドラウグルの巣になっている。今行ってもむざむざ命を捨てるだけだ」

シフもドラウグルのことは知っている。ノルドの遺跡を徘徊する、生ける死体だ。『スカイリム動物寓話集』では、内臓を持たないため打撃や矢に強く、一方で火や聖属性の魔法に弱いことが書かれている。

「じゃあ、馬と家を手に入れたあとは?」シフが続けて聞いた。

「リフテンは盗賊ギルドの根城だ。ギルドに入って仕事をこなしながら戦力を底上げしていく」

「はあ !?」

がたん、と大きな音を立ててシフが立ち上がった。「私に盗賊になれっていうの !?」

盗賊、という言葉に宿屋の皆が驚く。タニシは周囲に目をやりつつ言った。「ギルドに入って仕事をこなすだけだ」「いっしょじゃんそんなの ! 絶対いやだよ ! 」

二人の激しいやりとりに、リュートを奏でていたスヴェンも気分を削がれ、演奏を止める。全員が注目するなか、やれやれといった調子でタニシが言う。

「綺麗事だけじゃ生きていけない。神々を信じて善行を積んだってまともな加護もくれやしないのに、そんなの信じて何になるんだ? そんなことより盗賊ギルドや闇の一党のほうがよっぽど多くの見返りを与えてくれると思うがな」

「私は見返りがほしくて信じてるわけじゃない ! 」「じゃあ何のためだ?何の役にも立たないものを信じて何になる?」

タニシの心ない言葉に、シフの思い出したくない過去がじりじりとよみがえってくる。

『くやしかったらマーラにお願いしてみろよ !』『ほら、マーラが助けてくれるんだろ ! 』

「…」

シフはグッとケープの下で拳を握りしめ、目に涙を浮かべて言った。

「信じたいから信じるんだよ…」

「信じたいから?」タニシが聞き返す。このままうなずくとこぼれてしまう。そのままの姿勢でシフは言った。

「この世界が、憎しみと裏切りばかりで、みんな誰を信じていいかわからないなら、なおさら私は人を信じたい。信じあって生きていきたい…」


聖女マーラが教えてくれた、人を想う尊さを。


シフはついに最後まで言えず、袖で顔を隠して宿屋を飛び出した。残されたタニシは酔いも醒めてしまい、テーブルに肘をついてフーっと溜め息をもらす。

「オーグナー、大きな音がしたけど、何かあったの?」

騒ぎを聞きつけたのか、閉められていた戸が開き、宿の主らしき女性が現れた。カウンターに立っていた男はその問いに「痴話喧嘩だ。もう終わった」と淡白な返事をした。

****

いまさらジャルデュルの家には戻れない。そして一人ではブリーク・フォール墓地の山賊やドラウグルとは戦えない。仕方なく、宿で見た地図の記憶を頼りに、シフはリバーウッドを出て北へ進んだ。川沿いに生息するマッドクラブを火炎で焼き、錬金素材の殻と食材の身を入手する。身は寄生虫が潜んでいる可能性があり生で食すと危険だが、塩をふって焼けば美味だろう。

「こんにちは」

道中でエリーンの一団と出会った。大きな剣や弓を背負い、冒険者としてこの付近で狩りや漁をしているという。排他的といわれるノルドの社会でもたくましく生きる彼女たちに、シフは少し勇気がわいた。

ただ何をするにも問題になるのは金である。

「リフテンまでは 100 セプティムだよ」

ホワイトラン馬屋の隣で、馬車を駆る御者はそう言った。シフは何も持たずに宿屋を飛び出してきたため、所持金はほとんどない。徒歩でリフテンに向かおうかと一瞬考えた。だがすぐにオオカミの群れに襲われたことを思い出す。それに地図もなしでスカイリムの中央から端まで進むのは無謀だろう。

「金を用意したらまた来てくれ」御者はやんわりとシフに客の資格がないことを告げる。


「俺が払うよ」

シフの後ろから聞きなれた忌々しい声と、チャリンと音の鳴る袋が差し出された。

「じゃあ乗りな。すぐ出発しよう」そんな御者の声に、馬がぶるる、と準備万端だと主張する。

「乗ろう。少し話したいことがある」それに謝りたいこともな。そう言って声の主はよいしょと馬車に乗り込む。選択肢のないシフは仕方なく、声の主を視界に入れないようにしながら乗ろうとした。

高い。

足場が。

片足を上げても全く届かず、仕方なく両手を足場に置いて上半身をあずけ、ずりずりと身体を動かしながらようやく乗り込んだ。その滑稽な様子は御者にまで笑われてしまう。

シフが身体の砂を払って座ると、ポクポク、と軽快な音を響かせながら、馬車はリフテンに向け出発した。



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