023

馬車が川沿いの街道を東へと進む。道中、谷にさしかかるところで、左手に塔が見えてきた。ヴァルトヘイム・タワーと呼ばれるこの砦は、南北ふたつの塔を、中腹にかかる石橋がつないでいる。付近を荒らしまわる山賊団の根城であり、女山賊長『串刺しのエルシ』はその強さと残虐さで周囲に悪名を轟かせている。

そんな道を馬車が通るなど、腹を空かせた虎の前にエサを放るのと同じように思える。実際、この山賊たちは街道を通ろうとする者から通行料をせびるなんて手間のかかることはしない。すべてを狩りつくす。

だが、エルシは馬車に描かれた紋章に気づくと、山賊たちを引っ込ませた。この馬車はまずい。いくつもの目が、憎々しげな視線を投げかけながら、通りすぎるのをながめている。この割高な交通機関は帝国とストームクローク双方によって守られており、手を出せば大きなしっぺ返しをくらうことになるからだ。

そんなことを知るよしもなく、シフは無言で馬車の先に広がる景色をながめていた。「さっきはひどいことを言ってすまなかったな」タニシが口を開き、申し訳なさそうに言う。シフは返事をしなかった。涼しい風に少し頭はすっきりしてきたが、まだ苛立ちは消えない。

なおもタニシは謝る。「シフみたいに優しい人には久しく会ってなかったんでな。混乱してるんだ」

ぴくっとシフの身体が揺れた。お世辞に弱すぎるだろ。そうタニシは心の中で笑いながらも、淡々と謝罪の気持ちを述べた。そうして、なぜ盗賊ギルド、ひいては暗殺ギルドの闇の一党へ加入する道を考えていたのか、シフに言った。

「シフも知っているだろうと思うが、九大神から得られる加護は弱い。年々弱まっているといえるかもしれない。それでも神々の道を進むのは、それだけで両手を縛られるようなもんなんだ」

目先の利益に食いついたりしない。そんなそぶりでシフは聞き流している。

「盗賊ギルドに入れば得られるような強力な装備も、加護も、取引も得られない。だからその分、シフが進む道は険しいものになる」

上等だ、とシフは思った。

「シフが宿を飛び出してから、俺は別の道を考えた。うまくいくかどうかはわからないが、シフのもつ心優しさを傷つけずに成長できると思う。聞いてくれるか?」

「…」シフは黙ったまま、その目には風になびく馬のたてがみが映っていた。街道は谷を抜け、やがて左手に間欠泉の沸く温泉地帯へとつながる。どどど、と滝が生み出すしぶきが虹を描き、その霧がひんやりとシフたちに覆いかぶさった。

「ふたつ」シフが切り出した。「ふたつ言っておきたいことがある」

「何だ?」「ひとつめ。強くなるためにマーラの教えを捨てるくらいなら、私は弱いままでいい」「…ああ。わかった」


「ふたつめ。ホワイトランの首長に伝言するのを忘れた」


がたん ! タニシが勢いよく立ち上がり、馬車が揺れる。

「おい ! 気をつけろ ! 」御者があわてて馬を制する。

「…はぁ」驚きを通りこしてタニシはへなへなと力なく座りこんだ。「まったく…おばかちゃん」

くっ、とシフの顔が険しくなる。タニシは片手を上げてひらひらと振った。「ま、いろいろあったからな。しょうがない」

「哀れみなんていらないよ」シフが両足を抱えて顔を隠す。恥ずかしさと情けなさで顔から火が出そうだ。

ここで止まっても 100 セプティムは返ってこない。さらにホワイトランまで引き返せば 100 セプティムかかる。すなわち、せっかくタニシの武器を売って手に入れた 200 セプティムが御者の懐に消えるだけになる。

しっかりしているように見えて、シフはけっこう抜けている。だから過ぎたことをくよくよしてもしょうがない。

「シフ」タニシが呼びかけた。「リフテンに着くまでに錬金術の基礎を身につけておこう。そうすればすぐに金が稼げるようになるからな」

「…」シフは身体を丸めたまま何も言わない。

ドン ! とシフの背中にタニシが腰をおろした。

「リフテンにはマーラの聖堂があるぞ」そう耳にささやくと、がばっとシフが顔を向けた。

「ほんと !?」

効果は抜群だ。「ああ。シフが元気なところをマーラに見せてやれ」

「うん…うん。わかった」

姿勢を正したシフは、タニシのアドバイスに従い、錬金術の基礎にあたる二つの Perk を取得した。シフの心の内で、フラスコの形をした星座がきらりと輝いた。



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