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タニシは急いで両手を上げて言った。「最後まで話を聞け。頼む」

まさに立ち上がって口を開こうとしたシフは、『頼む』というタニシから出てきそうにないセリフに、しぶしぶと席につく。

「俺は結婚したことがない。やり方は知ってるがな。シフに経験があるかは知らないが、まあ重要なのは結婚で得られる加護だ。シフの言うとおり、愛の力は何よりも強いらしい。独身のときに比べて格段に速くスキルが上昇する」

「格段に?」「大体二割だ。二割速くなる。十日でかかるものが八日で終わる。一年かかるものが十ヶ月かからない」

神妙な顔でタニシは言った。だがシフはピンとこない顔をしている。

「すごくないか?」なおも反応は薄い。その理由はシンプルなものだった。

「思わない。その分、多くのポーションや武具を作ればいいだけだろ?」

あー…。

タニシはテーブルから離れて目をそらした。何だ?と言いたげなシフの表情。タニシは思った。そうだった。聖女マーラの教えを守るためなら苦労も厭わない。シフはそういうやつだ。

「終わりか?」まったく下らない話だ。損をした。そんな調子でシフが席を立とうとする。まずい。タニシの頭が急回転する。

「破壊魔法は敵を殺さないと上がらない」

シフの動きが止まった。「片手武器も、両手武器も、弓術もな」横を向いたままのシフに、タニシが続ける。

「結婚の加護を受けないなら、それだけ多くの敵を殺すことになる。それはマーラの教えに沿わないんじゃないか?」

我ながら説得力のあるセリフだった。そうタニシは思った。事実、シフはうつむき、考えこんでいる。

「…」タニシはシフの言葉を待った。昼時は過ぎ、客も午後の仕事に向けてぽつぽつと宿を後にする。

長い沈黙のあと、ようやく何かに行き着いたように、シフは口を開いて言った。「私には相手がいない。それに夜に眠るだけでも加護は得られる」

「相手がいれば考えるか?」ゴトリ、と何かをテーブルに乗せ、タニシが言った。シフがそれに目をやり、すぐにあっとした顔に変わった。

マーラのアミュレット。回復魔法の消費マジカをわずかに減らす。未だ回復魔法を使えないシフと、そもそも魔法を使えないタニシにはただの飾りでしかない。

シフの心を満たすという、隠れた効果を除いては。

「それ…」シフが信じられないような目でアミュレットとタニシを交互に見る。そうしてタニシが無言で着席するよう促す。

「昨日、司祭からもらったんだ。シフが持っていれば喜ぶと思ってな」

そう言ってタニシはシフの腕を持ち上げると、手の平にアミュレットを乗せる。「いろいろ話も聞いた。まあ、まだ俺はマーラに心を許したわけじゃないが、シフの気持ちが少しはわかったと思いたい」

シフは無言でもう片方の手をアミュレットに乗せ、目を閉じると、大きく息をついた。


「いくらだった?」

シフが鼻のつまったような声で言った。びくっ、とタニシが身体を震わせる。

「…」「いくらだった?」語気が強まる。「… 200 セプティム」「だから私に 200 セプティム使わせたのか」

タニシが顔を振る。「ちがう。嘘をついたのは謝る。けど職人のマニュアルは本当に必要だった。嘘じゃない」

シフはアミュレットのチェーンを持ち、聖石をタニシに見せつけるように言った。「優先順位があるだろ。家と馬を手に入れるって言ったのはタニシだろ ! ?」

「…すまん」

珍しくタニシが詫びた。「祠に祈ってたシフが嬉しそうだったから、つい…な」

ドキリとシフの全身の血がわきたつ。顔を真っ赤にしながら、再びアミュレットを手の平に握る。

「つけてみてくれないか」タニシが言った。「今さら司祭に返すのも失礼だし、な」

「…」妙な空気のまま、シフは言われるままに金具をはずし、首輪の内側を通すようにチェーンを通した。首輪の鎖に隠されるように、聖石がちらちらと見え隠れする。ちぎれないよう、シフはケープの裏にアミュレットをしまった。

「どうだ?」タニシがたずねた。

「重いな」シフが口をへの字にして不満な顔をする。

「おい、せっかく買ってやったのにそんな言い方…」

「…とう」シフがぼそっと呟く。

「?」

「ありがとう、タニシ」


「…ああ」

タニシは身体がむずむずするような、奇妙な感じをおぼえた。それは盗賊や暗殺者ではおそらく得られない類のものだろう。



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