015
「うーん、ちょっときついかしら。私も結構大きい方なんだけどねぇ」
リバーウッドの村長ジャルデュルの家は南門にほど近い場所にある。救出されたシフは、そこで破れたローブのかわりに替えの服を用意されたのだが。
厳しい気候で暮らすノルドたちは基本的に大柄だ。ジャルデュルも例外ではなく、それなりの背丈がある。しかしシフはその肩ほどの高さしかないにもかかわらず、ジャルデュルがうらやむほどのボリュームがあった。
シフも口には出さないが、少し苦しそうだ。胸元を結ぶ紐を外せば多少は緩くなるが、それだと下品に見えてしまう。ジャルデュルは「うーん」と考えこんだ。
「どうしようかな…。あ、そうだ !」
ジャルデュルは破れたローブで輪をつくると、そこをきゅっと絞り、余った布を髪留めの紐で縛った。それをシフの上から被せると、左胸にアクセントのついた、味わいのあるケープに早変わりだ。
「すごい」シフが感嘆する。「これなら首も隠せるでしょ」そういってジャルデュルは笑顔を見せ、ケープの内側からシフの服の紐をするりと引き抜くと、それで自分の髪を縛った。
「すごいすごい」動くたびにひらひらとなびく様子を、シフは無邪気に喜ぶ。ジャルデュルも新しい子供ができたような気分に嬉しくなった。
「ジャルデュルさん、ありがとうございます」「いいのよ。タニシの命の恩人なんだもの。困ったことがあったら遠慮しないで言ってね」
「あー…」シフの笑顔が濁る。「どうしたの?」
タニシって頭おかしくないですか?
とは言えなかった。
「ほー、立派なマントじゃないか」ジャルデュルとシフが家の外に出ると、切り株に腰かけていたホッドが感心する。「ケープっていうのよホッド」ジャルデュルはホッドの語彙不足に不平を漏らす。「ママ、僕もあれほしい」「新しいのを買ったらね」
「あの、ジャルデュルさん、本当にこの服いただいていいんでしょうか」
どんな時代でも布は貴重だ。それをプレゼントしてくれたジャルデュルにシフは申し訳ない気持ちになる。だがジャルデュルは笑顔で言った。「気にしないで。だってもうあなたは家族みたいなものなんだから」
よそ者には冷たいノルドだが、身内には人一倍あたたかい。それをシフは強く実感した。そしてそのきっかけとなった者と目が合う。
「くっ…」とシフが顔を伏せて目をそらす。「ねえタニシ、あんた、この子となんかあったの?さっきからあんたのこと話すたびに嫌そうな顔するんだけど」
「俺は嫌われてるからな」とタニシは言った。
「あれだけいいように使われて悪口ばっか言われたら誰だって嫌いになるよ ! 」
怒鳴ってしまった。
目を丸くするホッドたち。ああ、ばれてしまった、とうなだれるシフ。するとジャルデュルがあきれた顔でタニシに言う。「あんた、その偉そうな態度直さないとそのうちひどいめにあうよ?」
「楽しみだな」とタニシは減らず口を叩く。「ごめんね」とジャルデュルがシフを向いて言う。「あいつバカなのよ」
「バカなんですか。じゃあしょうがないですね」「なんだと」
シフとタニシの漫才のようなやりとりに、場は笑いに包まれた。
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日はとっぷりと暮れ、シフはフロドナーと一緒のベッドですやすやと眠っている。お礼にと夕食に作った鹿肉のシチューは大好評で、調理鍋は底の底まで空っぽだった。
「ほんといい子だし料理は上手だし、ずっと家にいてほしいくらいだわぁ」ジャルデュルは頬に手を当て、宝を見つけたようにうっとりとしている。
タニシもくやしいながらもシフの実力を認めざるを得なかった。その証拠に腹はシチューでパンパンだ。所持品をいくらか売って、約束の十倍報酬を用意しておかなければならないだろう。
「それにしても、あんな素直な子を怒らせるなんて、タニシどんなひどいこと言ったの?」
タニシは腕を組み、ぶすっとした態度をとる。「しょうがないじゃないか。嬉しくてたまらないんだ。俺は」
「嬉しい?何が?」
「シフはようやく会えた俺の救世主なんだよ」
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