竜の骨
かつて下界のゴミ掃除は,囚人が行うほどに穢らわしい仕事とされてきた。だが今や落ちてくるゴミはほとんどなく,携わる者もいない過去の仕事だと思われている。
カミルは数少ないゴミ掃除屋の一人である。いつものように客のいない酒場で遅い朝食をとると,手動操縦の機械に乗り込み下界を巡回する。たまに粉末と化したがらくたや正体不明の化学物質を見つけると,それを油の切れかかったロボットアームで捉え,業者に売り渡すのだ。
下界もかつてはあちこちに屋台が立ち,人々でにぎわっていた。みんな貧乏で犯罪も多かったが,笑いと嫉妬の絶えないそれなりに充実した日々が約束されていた。今は光も届かず瓦礫も撤去され,どこまでも続く暗闇と,時に白い金属粉が降りそそぐ静かな世界が広がっている。
カミルはゴミ掃除を刑務として命じられた最後の囚人である。空腹から物を盗み,罰として,エネルギーに換算して 410 ペタジュール分のゴミ掃除を行うこととなった。当時は下界のゴミが激減しており,刑を終えるまでに 50 年前後かかると予想された。なお現在の廃棄物濃度で考えると,残りの刑を終えるまでに 7000 万年かかるとみられている。
その日もいつもと同じように巡回を終え,帰るところであった。突然ニオイセンサーが反応し,不快な音をたてた。点検を怠っていたため仕方ないものの,あまりに耳障りなのでカミルはセンサーを切り,目標地点にレーダーを絞った。
するとレーダーには,探索範囲を覆いつくすような巨大な影が映し出されていた。カミルは急いで目視モードに切り替えてその場所に向かう。とはいえ出力の上げ方を忘れてしまっていたため,通常速度で時間をかけて移動した。
そこには見たことのない生物の死骸があった。あちこちが破損し,一部が腐敗しはじめている。全体の様子から,カミルは幼い頃に絵本で読んだ伝説の生物を思い浮かべていた。竜。背中から生えた羽根とウロコのような表皮,とがった頭部と長い尾,それらはカミルの知っている竜と一致するものであった。
カミルは尾部からむきだしになっている骨を一本回収し,その日は帰還した。巨大な骨ではあったものの,業者はいつものように有機物としてグラム単位で計測し,報酬を支払った。
それから数日,カミルは順調に骨を回収し業者に売り払った。だがやがて,カミルが毎日のようにゴミ回収をすることに疑問を持った人々が,下界を探索しついに竜の死骸を見つけてしまった。
それからというもの,多くの探索機,調査機がやってきた。竜の死骸周辺には調査のための基地ができ,業者だけでなく研究者もおしよせてきた。竜のまわりを昼夜を問わず機械が飛び交い,酒場は人々の憩いの場として蘇った。その様子にカミルはかつての賑いを思い起こしていた。
酒場では世界的な発見の偉業を称えるパーティーが行われ,下界でゴミを扱っていた業者のメンバーに賞賛が送られた。そしてその功績として,下界からの昇進と市民としての地位が保証されることが明らかになった。パーティーの盛り上がりが最高潮に達した瞬間であった。
竜は次々に解体されていった。カミルの機械がようやく一本の骨を回収する間に,他の機械は骨数本と皮膚の残骸を回収した。統制のとれた機械群にカミルがあやまって迷い込んでしまったときは,罵声をあびせられることもあった。また調査のため柵が張られ,カミルが立ち入ることが許されない領域もあった。
やがて竜の回収を終えると人々は下界を去った。再び静寂の支配する世界で,カミルはゴミを探して下界を巡回している。ただこれまでと一つだけ違うのは,ゴミを回収して戻ったときは,業者が置いていった換金システムを操作して報酬を得るようになったことだ。そしてシステムの不具合か,もらえる報酬の金額は以前の半分である。
– 了 –
この物語はフィクションであり,実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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