明日の天気は宇宙船

その日も東京に朝は来なかった。

数ヶ月前より上空に飛来した一機の円盤。銀色のにぶい光を放ち,表面を機械の継ぎ目にも似た線がいくつもはしっている。それだけなら「謎の宇宙船が飛来した」といった話題で済んだのだが,問題はその大きさにあった。東京 23 区を覆いつくすほど巨大だったのだ。

それがどこから来たのかわからない。ある日の朝,忽然と空を銀色に染めていたのだ。もしかしたらいくつかの人工衛生はその出現の様子を捉えていたのかもしれないが,とにかくその日から東京の天気予報は意味をなさなくなった。重要なのはその日の気温,湿度。もしくは,時期によっては花粉や黄砂。

それが現れてからというもの,テレビは連日円盤の謎を取りあげたが,当の円盤はいつまで経っても何の反応も示さないので,間もなく人々の興味は失せた。興味を失って次に起きるのはこの天気とどう付き合っていくか,ということだ。

日光を奪われた人々の不快感は予想された以上だった。まず洗濯物が乾かない。いや,乾きはするが,どこで干そうが部屋干しのような嫌なにおいが残る。乾燥機は売れたが,電気代がとんでもないことになった。

年中雨のような空模様だから,気分が沈む。緑が枯れてゆく。昼間なのに犬や猫が目を光らせている。区内でも農業はさかんに行われていたのだが,すべて廃業せざるをえなくなった。東京の注目スポットを紹介しようにも,映像が地味で魅力がない。

大雨の浸水やゲリラ豪雨がなくなったのは良いことだった。雨が原因の遅延も減った。とはいえ東京の人口は増えるばかりで,電車の混雑,それに由来する遅延はいっこうに解決しなかった。日光が遮られようが夏の暑さは大して変わらず,昼間でもジメついた熱帯夜のような気分の悪さに,暴れる人も増えた。それでも人口が全く減らないのは驚くべきことか,そこに住む人々の辛抱強さに感心するべきか。

昼間でも照明を点けざるをえないので,乾燥機需要も含め,あっというまに電力が枯渇してしまった。風力発電といった自然エネルギーへの転換が進まないなかで円盤がやってきてしまったため,原子力に頼るしかなかった。かといって発電所をたてる場所などない。ということで,東京湾に建設するという斬新な発想で対処することになった。

円盤のねらいは何なのか。これだけ巨大な物体を浮かせて,しかも何の音もたてないということは,人類よりも高度な科学技術力をもっていることは間違いない。実は風船のように中は空洞なのだろうか。いずれにせよ,血気さかんな人々が安易に攻撃などするような事態にならなかったのは幸いだ。反撃を受けて東京が灰燼に帰すようなことがあれば,一部の人は喜ぶかもしれないが,多くの人は苦労することになるだろう。いや,案外平気かもしれないが,いずれにせよそんなことにはまだなっていない。

終わりは突然やってきた。都内のある高校生が,プロジェクタを利用して円盤に動画をうつしたのだ。しかもそれはとてもテレビにうつせないような下品なものだった。円盤という新たなおもちゃを手に入れた人々は,これまでの鬱憤を晴らすかのように,次々と悪ふざけを行うようになった。これが万が一宇宙人の気に障ったら大変だ。映した場所を特定し,補導や逮捕をしようとする。けれどもその頃には撤収されている。映像の過激さは度を増し,もはや今まで以上に人々は空を見上げられなくなった。

お願いだからどこかへ行ってほしい。その願いが聞き届けられたのか,ある日突然やってきた円盤は,同じようにある日突然姿を消した。もはや円盤を 24 時間実況するような退屈なライブ配信もなくなっていたから,またしても人々はその円盤が移動する様子を見損ねてしまったのだ。あれは何だったのか。東京の人々は長い夢を見ていたような気分だった。それまでのように朝日は昇り,雨が降る。それに感謝していたのも束の間,その冬の大雪で交通は麻痺し,しばらく忘れていた面倒な日々を思い出すことになった。



– 了 –


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