雪ん子

吹雪のなか,何とか山小屋にたどり着いた俺は,ストーブの燃料が残されていることに感謝し一息ついた。とはいえ眠っているあいだに火が消えれば確実に命は潰える。クラッカーをスープで胃に流し,口の中に残った違和感に悩まされながら朝まで過ごす方法を考えた。

じっとしていれば眠くなる。身体を動かせば体力が削がれる。どうしたものか。


話し相手。

そうだ。朝までしゃべりつづければいい。そうすれば体力も使わずに,しかも眠らなくて済む。俺は小さく丸まったまま,相手が来るのを待った。


最初に小屋の戸を開けて入ってきたのは…雪男。いや,それでは会話が成立しない。饒舌な雪男なんてらしくない。だろう?お帰りください。


次に小屋に入ってきたのは…雪女。いや,確かに嬉しくはあるけれど,彼女に生かしてもらえるほど俺は男前ではないのだよ。はは。その美しいお姿だけ目に焼きつけておきます。お元気で。さようなら。


そんなわけで小屋に入ってきたのは雪ん子だった。背は低いが妙に目つきの悪いやつだ。おまけに口も悪い。しかも雪の国が年中雪で閉ざされているからって,雪女に買ってもらったゲーミング PC で一日中ゲームをしていやがる。ずるいぞ。美人の母親がいてゲーム三昧なんて。うちの母親なんてな,ジャバ・ザ・ハットそっくりなんだ。

「道楽で死にかけるとは世話ないな」

早速雪ん子は憎まれ口をたたいた。俺はすぐに反論する。「一日中ゲームばっかしてるお前と違ってな,俺はアクティブな遊びをしているの。わかる?」

それから互いにおよそ上品とはいえない言葉の応酬がはじまった。「アクティブな遊び?はあ?本業がまともじゃないのによく遊んでいられるもんだ」「おい,言っていいことと悪いことがあるぞ。くそ…。お前は知らんだろうがな,遊びを極めた者だけが賢者になれるんだ」「はいダウト。それはドラクエの生みの親のアイデアじゃありません」「生みの親がいつも正しいわけじゃない。いいか。ディアブロの生みの親はな,最初はディアブロをターン制の RPG にしようとしてたんだ。そこをブリザードがリアルタイムバトルにしろと言った。そしたらどうだ。超傑作アクション RPG が誕生したわけよ。わかる?」「おっさんの話はどいつもこいつも長くて退屈だ」「何だと」

雪ん子はいちいち俺の言葉につっかかり,そのたびに俺は顔を真っ赤にして反駁した。身体は火照り,自分が遭難していることさえ忘れて口角泡をとばしつづけた。


どれほど気持ちをぶつけあったか,ふと小屋が黄色に染まっているのに気がつき,反射的に立ち上がった。急な動きに全身がぴりぴりと痛む。

「…朝だ」

差し込む光が,日の出を告げている。小屋の外に出ると,まるで昨晩の吹雪が嘘のように,真っ白な景色がきらきらと輝いていた。天候が悪化しないうちに下りなければ。そう思っていると,

「麓まで送ってやるよ」

と雪ん子が言った。


いらないよ,とは言わなかった。

サクサクと足を踏みしめ,斜面を下りながら,奇妙な満足感を味わっていた。命を奪う鎌が首元まで迫ったというのに,思わず笑みがこぼれてしまう。

「ありがとな」

そう振り返って言うと,もう雪ん子の姿はなく,解けかけた氷の隙間から茶色い地面がのぞいているだけだった。

俺は目が霞むのを手でぬぐうと,それは朝日が眩しいからだと自分に言い聞かせ,山に向かって深々とお辞儀をした。



– 了 –


この物語はフィクションであり,実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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