魂の壺

南斗には生命を創造する才能があった。やがて南斗はその力を買われ,若くして霊峰の北斗の下で働くことになった。これはその頃の話である。

南斗は里から送られてくる魂を毎日運び,混沌の鍋に入れる仕事をしていた。鍋の火は絶えず,中ではあまたの魂が煮こまれている。北斗は杖で鍋をかきまぜ,頃合いを見計らってそれを桶にあげると,裏庭の畑に撒くよう南斗に伝えるのだ。

南斗が桶をかついで畑に行くと,輪廻の花が咲いていた。ひしゃくで魂の汁を撒くと,やがて輪廻の花粉が風にのって,土から吸い上げた魂を人間が住む世界へと運ぶのだった。

北斗の仕事場には,混沌の鍋がある小屋とは別に,暗がりに建つ奇妙な祠があった。南斗は月のきれいな晩,北斗が何かを持ってその祠に行くのを一度だけ見たことがあるが,詳しく話を聞いたことはなかった。


年の瀬も迫った満月の晩のことである。南斗は北斗に呼び出され,あの祠へ向かった。『面倒だが翌年に持ち越してはならぬ』という北斗の言葉が気がかりである。

南斗が祠に着くと,それはそれは猛烈な悪臭を放つ壺があった。北斗の手前,吐き気を表に見せないようなんとか我慢する。涙を流しながら南斗が「これは一体なんですか」と聞いた。

『これは想像より生まれ,道半ばで打ち捨てられた勇者たちの魂じゃ』

人は日々の営みの中で物語を作り,吟じる。そのなかには幾千年にわたって輝きつづけるものもあれば,語り手が物語を終えず,誰にも知られぬまま置かれるものもある。そうした志を果たせなかった魂はやがて淀み,朽ち果てて悪臭を放つようになるのだそうだ。

南斗はほんの興味で壺をのぞき,後悔した。全知全能の英雄や,平凡だが内に野望を秘めた青年,傾国の美女に至るまで,ありとあらゆる妄執の権化が渦をまき,かつての美貌はとうの昔に腐りはて,醜さをかえりみず只ひたすらに自身の偉大さと無念を吠えつづけていた。

『こんな魂を毎日始末していてはこっちが参ってしまうでな。ついつい貯めこんでしまうわい』

北斗が白く長い髭をなでながら言う。南斗は自分が何をすべきか聞いた。すると,今まではなんとか供養して冥土に送っていたけれども,身体に堪えるから,南斗の力でもう一度旅をさせてやろうかとのことだった。

南斗は魂に優劣をつけることを良くないとは思いつつも,これほど質の低い魂を再び人間の世界に送るという考えは好かなかった。だが北斗の『ではおまえが供養するかね?』という言葉を受け,やむをえず従うことにした。

満月の晩にだけ咲くという霊峰の胡蝶蘭。悪臭を放つ壺から,南斗はひしゃくでどろどろになった魂をすくって撒いた。壺は大きく,作業は一晩中かかった。蘭はその根を長くのばし,眠っている人々の意識とつながっている。まかれた魂はやがて人々の夢にあらわれるだろう。

『そう心配せずとも,魂はその依る所がふさわしければ,また光を取り戻すもんじゃよ』



その日の夜,南斗は七つの大陸を駆ける詩人の夢を見た。

– 了 –



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