小児科

マコトが風邪をひいて小児科にやってくると,友人のミノルが待合室に座っていた。診察券を出しながら中をながめると,親子連れじゃないのは自分だけのようだ。

ミノルの向かいの椅子に腰掛け,マフラーと上着を外す。

「マコトは,カゼ?」ミノルが普段と同じかすれた声で聞いた。「うん。あまりしゃべるとうつるかもよ」「やだあ」

ミノルと母親,二人が笑う。けれどもマコトは無表情だ。

マコトはミノルが休むたび,プリントを届けに行く。いつもミノルの母が出迎える。マコトはおかえりと言われた記憶がない。明かりのついた自宅に帰ったこともない。

ミノルは身体が弱い。頭も。マコトは運動ができる。塾での成績も良い。


ミノルの手を母がにぎっている。それを見ながらマコトはたずねた。「ミノはどうしてここにいるの」「ミノルはね,アレルギーなの。マコトくんは知ってる?アレルギー」代わりに母が答えた。「はい。ふつうの人なら平気なものなのに,それにさわると真っ赤になったり」

「すごい。良く知ってるのね」母はマコトの迷わぬ回答に驚いたようだ。「保健の先生が教えてくれますよ」「そうなの。少しはミノルもマコトくんみたいに勉強できるようになるといいんだけど」そう言ってミノルの頭をなでる。ミノルは恥ずかしいのかその手をはらう。

「アレルギーだと,一人で病院には来られないんですか」

そう口にした直後,マコトは自分でも何を言っているのかわからなくなった。ミノルの母はちょっと困った顔をして答えた。「うーん,ミノルが普段何食べたり,何してるのか先生に詳しく言わなきゃいけないから,まだ一人で来るのは難しいかな」

ミノルが母を見て言う。「来れるよ」そんなに子供じゃないというアピールだ。だが詳細な説明をする能力はミノルにはまだ身についていない。間違えれば命に関わるから,大人が正確に伝える必要があるのだ。

それがどれほどつらいものかはマコトも知っている。両親の寝室からはクシャミの音が聞こえてくるし,父は薬が手放せない。マコトだって自分が好きなものを食べられなくなるのは嫌だ。ミノルみたいに牛乳が飲めないことを学校でからかわれるなんて,考えるだけでおそろしくなる。

でもミノルは母の服のにおいを嗅いでいる。母に手をにぎられている。頭をなでられている。こんなに長く話している。

ああ。


「マコト」ミノルが自分を呼んだ。「マコト,先生が呼んでる」その言葉に思わず立ち上がり,ぶつかるように診察室に入ってゆく。そのあわてた様子に,中で腰掛けていた先生は笑ってしまった。

「一人で来れてえらいね」



– 了 –


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