ピーカブー

そのゲームで『ピーカブー (いないいないばあ)』 がなくなったのは、私のせいかもしれない。

6 対 6 のチーム戦。そのゲームを私は初めてプレイした。マッチング申請が済み、最後の一人としてすべりこむ。12人の顔が表示され、5秒たつと画面が暗転した。

11人のいかめしい容姿をしたメンバーに比べ、タンクトップ姿の私は明らかに浮いていた。


埠頭エリアで試合が始まった。最後に生き残った者のチームが勝ち、というシンプルなルールだ。色とりどりのコンテナが壁を作ってはいるが、まるで地元のように、プレイヤーたちは軽快に散開する。私はジャンプしようと入力を間違え、地面に向かって9ミリ銃をムダ撃ちした。

間もなく、そこかしこで爆発が起きた。○○がやられた、という文字。血の気が引き、心臓が高鳴る。

間違いない。足手まといの私がいては勝てない、そう悟った仲間たちが、次々とマップ上のトラップに飛び込み、自害したのだ。

開始30秒たたないうちに、私のチームは2人になった。残ったブルース・ウィリス似の仲間だけが、私の心を傷つけたくないのか、試合を放棄することなく敵に挑んでいる。相手チームは私たちを早く倒し、こんなくだらない試合などさっさと終わらせたかったかもしれない。けれども私の仲間は強く、なかなかやられなかった。それが私をさらし者にするように思えて、余計につらかった。


そのゲームは劣勢になったチームへ補正がかかるようだ。私がアクティベートしたコンテナの中に、身の丈ほどもあるライフルが収められていた。一見してわかる強力な武器。私は迷わずそれに持ち替え、ミニマップを手がかりに仲間の元へ向かった。

一人の背中が見えた。ブルース・ウィリスに目がいって、私には気づいていない。照準をまともに合わせられない私は、すぐ後ろまで迫り、引き金を何度も引いた。

敵は倒れなかった。

照準のマークが白と赤を行き来し、私は察する。距離が近すぎてダメージが出ないのだ。きっとこの武器は長距離にあって初めて威力を発揮するのだろう。それでも私はこのチャンスを逃すまいと、まるで敵の頭部に銃口を突きつけんばかりに撃ちまくった。

間もなく、相手がピョンピョンとジャンプしながら離れていく。仕留めそこなった。続いて、最後の仲間がやられたという表示。残ったのは強力な武器すら使いこなせない私一人。早く倒してほしい。そう思った。

すると突然、画面がカートゥーン調になり、コミカルな音楽が流れ始めた。そして敵の姿が、なぜかジュースの缶やフライドポテトに変わっている。

ピーカブー (いないいないばあ) モード。そのゲームにおいて、絶望的な状況を覆すために用意されたボーナスタイム。敵は無力な姿に変わり、音楽が終わるまでの間、逃げ回ることしかできなくなる。一応、素手によるちょっかいはできるが、ダメージはない。ゲームの製作者は、それでバランスがとれ、盛り上がると思ったのかもしれない。

けれどもそれは、まるで製作者の奥底にある過去をえぐるような残酷なものだった。私が素人なのを知っている相手は、私を取り囲み、ダメージがないのをいいことに、視界の外から、はては大胆にも真正面から、殴り、蹴ってくる。いらだって銃口を向けても、素早く視界から離れ、他の相手が無防備な背中に蹴りを入れてきた。

これは何というゲームなのだろう。ぜいたくな3Dサラウンドでチープな打撃音ばかりが聞こえてくるこれは、いったい何なのだろう。

ぷつりと何かが切れるように感じた。頭のディスプレイを外し、現実の埠頭で実体を得る。感触の伴った拳で、先ほどまではフライドポテト、その前は筋肉の塊、そして今は白いラードの塊を、頬の上に乗ったメガネごとぶち抜いた。その手応えに、もう引き返せないという後悔と、それ以上の高揚感があった。


当たったかは定かではない。馬乗りになって何度も拳をふるったのも、それを願う心が生み出した幻影かもしれない。私はメニュー画面に引き戻されていた。勇敢なキャラクターの姿が映り、開催中のイベントを知らせる文章が流れている。我に返った私は、他のプレイヤーからのメッセージが届く前にゲームを終了し、電源を切った。

みじめな私の姿と名前はすぐに晒されるだろう。けれども私がそれを見ることはない。数百のゲームを保有する私のアカウントも、ブログも、SNSのアカウントも全て消した。ひとつの世界から私は消滅したのだ。もう二度とコントローラを握ることもない。



-- 了 --



この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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