人を食う
こんどの週末はどこへ旅行に出かけようか。そんな気持ちで観光ガイドをめくっていると,「プレアデス星団 C607 『人食い星』への日帰りツアー」という情報が目についた。すぐに担当者を呼び出す。
「いらっしゃいませ,このたび」「このプランについて教えてほしい」聞き慣れた挨拶をさえぎり,件のツアーを説明するよう要求する。
「お目が高い。お客様の」「スキップ!」「プレアデス星団 C607 は水と緑に囲まれた美しい景観を持ち」「スキップ!」「なかでも注目すべきは,この星にはホモサピエンス・サピエンスを肥育して食すという特異な文化があることでございましょう。古くから SF 作品の舞台としても取り上げられており,わが国と国交を結んで以来,定期便を利用した観光ツアーが企画されています」
「特異な文化?人を食うことが?」「はい。食用としてホモサピエンス・サピエンスを育てるという文化は数ある星のなかでも珍しく」
ガイドはその後も様々な映像を用いて長々と説明したが,いっこうに理解できなかった。直接人の肉を食わないだけで,共食いなんていくらでも行われているではないか。人を食い物にする,なんて慣用句は今でも使われるし,古くはゴマの油と百姓は絞るほど何とやら,なんて言われていたほどだ。もしや私が知らないだけで,よそでは私たちの星も同じようにおかしな星と思われているのだろうか。
そうはいっても私が人食い星,という部分に魅かれたのは間違いない。私はガイドの詳細な説明を一気に省き,クーポンを利用して格安で席を押さえた。また緊急時に死亡しても平気なよう,複製保険にも加入しておいた。最近はこの保険を渋って本当に死んでしまう者があとをたたず,政府外交部門でも旅行前に加入することを強く推奨している。
人食い星がどれほどの距離にあるのかはわからないが,体感では二時間ほどで到着した。なるほど,私たちの星にも負けないくらい,空気がきれいだ。空も青く,まるで私たちの星のような…。ん?これでは旅行に来た甲斐がないではないか。人食い星たる所以を堪能しなくては。
私たちの星では現在人食いは禁止されている。それに引き換え,この星では至るところに人型…失礼,人型なんて言い方,この前もポリティカルコレクトネスに反すると注意されたばかりだった。とにかく,人食いのできることを示す看板が立ち並んでいる。この星では重要な観光資源なのだろう。
うーむ,ここへ来たのは間違いだったか,と私は少し後悔した。私のように人食いに興味のある者が多く訪れるほど,この星でより多くの人が食用にされてしまう。それはこの星でも問題になっているようだ。つまり,人を食うのは残酷だからやめろ,と抗議する自称人権団体と,食おうとしてやってくるのはお前らではないか,と反発しながらも繁盛を続ける地元との対立である。私としては,こんなところで人食いに反対するくらいなら,下っ端をどれだけ使い潰してもお咎めなしの上に文句のひとつでも言ってもらいたいものなのだが。
いかんいかん。こんなところで日常を引きずってどうするのだ。せっかく旅行に来ているのだ。はやくここでしか味わえない料理を楽しむこととしよう。
私は愛用の会員制隠れ家検索ツールを利用して,地元行きつけの店を探した。それは路地裏の民家のように佇んでいる。そのさびれた様子は表の賑わいとは対照的である。
雰囲気は十分だ。私は今となっては珍しい,手動の戸を開けて中に呼びかけた。
「すみません。ここで人食いができるということで来たんですが」
誰もいないのだろうか。確認するが場所は合っている。私はもう一度呼びかけた。
そうして足を踏み入れた途端,後ろの戸がピシャリと締まる。時間をおかず,奥からぞろぞろと,この星の住民であろう見慣れぬ者達が現れた。
「ええ,できますよ。ここで本当の人食いがね」そう言って一人が謎の器具を取り出す。これは,刃物だろうか。なんと野蛮な。
「どういうことだ」
「なあに,この星の人間はとっくに食いつくしてしまったんでね」
「じゃああのたくさんの看板は何だ」
「知らないのかね。風味を再現しただけのニセモンだよ。あんたがどこで知ったか知らないが,ここは本物の人食いができる数少ない店ってことさ」
そう。この星の人食いは,肥育とは名ばかりの無計画な乱獲によって消滅し,今やこうした人さらいのような違法なやり方でのみ生き残っているのである。表の店で出されているのは本物ではない。実際に食したことのない無知な者に,ニセモノを出しているのだ。もしくはそれを理解したうえで味わっている者もいるかもしれない。
そして隠れ家検索ツールの情報は正しく,私が今いるこの店こそが,本物の人食いができる地元行きつけの場所,というわけだ。ただし,今日の食材に選ばれたのは,どうやら私のようである。
「残念だ。本当の人食いができると思ったのだが」私はため息をついた。
私が全くうろたえないので,相手は不思議がる。
構わず私は上着を脱ぎ,銀色に光る機械の身体を見せた。
– 了 –
この物語はフィクションであり,実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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