眠 (みん) は「本を読め」と養父に言われ,そのとおりにした。するとあまりに言葉遣いが乱暴になったので,養父は何を読んだのかたずねた。眠が取り出したのはベストセラーだった。「そんなもの読んでいたら不良になる。古典を読め」と養父が言ったので,そのとおりにした。すると眠は「人の生は死の練習なのだ」と言い出した。養父は何を読んだのかたずねた。眠が取り出したのはプラトンだった。「本に書かれていることをそのまま信じるんじゃない。考えろ」と養父は言った。「考えるとは何ですか」と眠は言った。答えに困った養父は「それを考えるんだ」と言った。

考えるとは何なのか。それがわからず眠が休み時間に絵を描いていると,「人数が足りないから一緒にやらない?」と言われたので一緒に遊んだ。ボールは痛かった。そのままクラブに誘われたので入った。コーチと先輩は優しかったが,眠は怒られるのが怖かったので,目立たないようにしていた。

ある日の練習中,コーチが眠のところへやってきて,「どうしていつも隠れている。練習がいやなのか」と言った。眠は「違います」と言った。そうして身体を揺すって何かを言いたそうにしていたので,コーチは「言いたいことがあるなら言ってみろ」と言った。眠は「考えるとは何ですか」と言った。コーチは「過程を説明できるようになることだ」と言った。

「なぜ点が入ったのか,クリアされたのか,その道筋を説明できなければ考えたことにはならない。」そうコーチは言った。それからクラブの練習が終わっても,眠はコーチに教わるようになった。やがて眠はコーチの家に呼ばれ,レッスンを受けるようになった。レッスンとは乱暴されることだった。眠は怖くなって逃げた。口と手と頭は別の生き物だ。

眠は施設に入った。カイコの本を読んだ。『お蚕さま』と敬われ,過ごしやすい場所で,好きなだけエサを食べる。そうしてすくすくと育ち,木のベッドで繭を作ると,乾燥機を通されて,糸をつむがれる。

大切に育てられる。乾燥機を通される。

眠は急いでページをめくった。

カイコは脱皮をする前に,しばらくじっとする時間がある。それを『眠 (みん)』という。同じ名前だ,と眠は思った。



– 了 –


この物語はフィクションであり,実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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