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部屋の中は暖かな明かりが灯り,紙の束が積まれている。ファランがパオラを座らせ髪をとかす間,エッジは部屋の住人,すなわち郵便屋の主人にカバンの中身を渡していた。宛名を確認しながら,主人はてきぱきと振り分けていく。

「手紙はこれで全部か?」「はい」エッジがそう答え報酬を受け取っていると,奥の階段を誰かがきしませながら下りてくる。

「ママ!」その姿を認めたパオラが椅子を蹴るようにして駆けてゆき,抱きついた。ママは頑丈な両腕でパオラを受け止める。ママはパオラの親ではないが,誰よりもこの国で慕っている,大切な人だ。

「パオラ,またかわいらしくなったね」「ママもまた太った」「もう,口のへらない子」二人で再会の喜びを分かち合う間,エッジは主人と次の目的地を相談している。

「どうして離宮向けの郵便がこんなに高いんですか?」エッジは何気なく疑問を発した。帝国の西にある水の離宮,それほどの距離はないにもかかわらず,その金額は東南の果て,結晶宮と同じほどなのだ。

「そりゃあこれからぶちのめすからよ」主人が嬉しさを隠せないような様子で言った。顔を曇らせるママとは対照的である。「ぶちのめすって,戦うってことですか?」

「あんな生意気なやつらはな,いなくなっちまえばいいのよ。お前もそう思うだろ」「そんな」そのやりとりにママはパオラをおろすと,エッジのそばまでやってきて肩にかけたままのカバンを下ろしてやった。「ほら,そんな立ちっぱなしじゃ話しにくいでしょうに。あんたも座んなさい」そう笑いながら言い,エッジを座らせようとする。と,耳元でこっそり顔を近づけささやいた。「外で兵士が監視しています」

エッジはその言葉に,表情をさとられないようにしながらも目がさまよう。さっきのやつらが報告したに違いない。すぐさま離宮まで行って事情を確かめたかったが,それを言うわけにはいかなかった。主人もエッジの様子をやや不信に思っている。

「まさかお前,陛下に逆らうつもりじゃないだろうな」「そんなつもりはありません。こんな状況になっているのを知らなかったから,少し混乱しているだけです」本心からの言葉だった。主人の後ろ,その天井付近にかかげられた肖像画に自然と目がいく。「そうか。ま,お前は北の連合にいたからこのへんのことは知らんだろうがな。そういうことだ。いま帝国はあいつらを倒すための仲間を募集している。俺は年だから無理だが,お前も当然加わるんだろう?」そう言いながら主人は引き出しから志願兵募集のチラシを出そうとする。

「ちょっと待ってください。話が急すぎます。私は陛下の配達人です。こんなところで仕事を投げ出して入隊なんて」「そりゃあそうだがよ。仕事よりも大切なもんがあるんだぜ」

主人は立ちあがると,エッジの胸に太い拳を当てて言った。「その剣が何のためにあるのか,忘れんなよ。帝国の明日はお前の腕にかかっているんだ」

胸に拳骨が当たるのを感じながら,エッジは腰に差した二本の剣に目を向けた。パオラとママ,ファランは二人の様子を見守っている。

エッジだって敵が魔物だったら迷わず志願していたはずだ。今だって,街道を商人が安全に行き来できるよう,あちこちに出現する小鬼や長虫を率先して退治している。ただ今回,敵と呼ばれているのは。

「わかりました」エッジも立ちあがった。「お別れを言いたい方々がいます。それが済んだら,私の手で直接,署名をお渡しに行きます」そして無言のまま,帝国の南にある灰の王国に向けた郵便を次々とカバンに入れた。

「今日はもう遅いから泊まっていきなさい。ご飯は食べた?」ママは真夜中に郵便屋を訪れた三人に優しく言うと,視線を落としたままでいるエッジの背中を押すようにして二階へ案内した。





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