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再び甲板に戻ったエッジを心配そうな目でパオラが見ている。「話は聞いた?」そう尋ねるエッジにパオラは目を伏せてうなずいた。エッジは笑みを浮かべ,「戻ってくるまで大人しくしてるんだよ。いいね」と言った。

「もっと一緒にいたいよ」パオラはエッジの腰にしがみついた。エッジはその髪に手を触れ,ファランを見やる。「もし何かあったら,そのときは」「もちろん」自分が人質になるにも関わらず,ファランはいつものように落ち着いている。

「案ずるな。もし二人がないがしろにされようものなら余が許さぬ」寵姫はまるで当事者でないかのような物言いだ。それでも今のエッジには心強い言葉であり,感謝をした。



一艘の小舟が暗闇の岸にたどりつく。ただ一人エッジが降り立ち,船員とイヴンに顔を向けた。「三日たって帰ってこなかったら,イヴンさんにお任せします」

「おう。がんばれよ」太陽のように輝いた歯を見せて,イヴンが笑う。

「あ,あの」隣で腰を曲げていた船員が言った。「今更こんなこと言って許されないかもしれないけど,あの,帝国を恨まないでほしいんです」

「どういうことですか」エッジが聞き返す。船員は顔を上げて言った。「みんな帝国の臣民だって自慢してるけど,でも,みんなすごく貧しいんです。こんなに一生懸命はたらいてきたのに,ずっと貧乏で,なんか,ぼくたちの財産がどこかに吸い取られているような気がして。それで」

「それで黒の連合だけじゃなく,離宮まで襲ったわけですか」「襲ったなんて,そんな」

「まあ,話はこいつが闇を晴らしてからにしようや」

イヴンはそう言って光る手で思い切りエッジの背中を叩いた。「痛っ」思わずエッジが咳込む。手の平の形に,白く輝く模様が浮かびあがった。

「無駄遣いするなよ」急に優しい調子でイヴンがささやいた。背中をさすりながらエッジはうなずき,「はい」と答えた。

エッジは二人に別れを告げ,深い霧の中へ入っていった。イヴンはその光る背中を目で追いながら,船員に引き返すよう言った。

そこだけ世界から切り離されてゆくようだった。水面さえ定かでない暗闇に背中の光がゆらめいていたが,やがてそれも見えなくなった。





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