008

大樹の洞 (うろ) に作られた紺碧の宮殿に,天窓のように空いた穴から光が差し込んでいる。湧き出る泉が周囲の階段を流れて漆黒に染め,あたかもそこだけが宙に浮いているかのようだ。時おり落ちる木のかけらが空洞のなかで反響し,ここが慌ただしい世界から隔絶された平穏な場所であることを伝えている。

開かれた扉を入ると,磨かれた広間に二人の神官が立っていた。双子の神官デクとアレク。わずかな先を見通せるのか,エッジたちが訪れたことを驚きもせず,三人を快く出迎えた。

「ようこそ配達人さま」「姫様がお待ちです」

薄紙のような衣をたなびかせ,挨拶もそこそこに二人はエッジたちを寵姫のもとへと案内する。神官ゆえ,つとめて平静を装っているものの,その心の内は街の人々と同じように乱れているのだろう。

「神官さま,いいにおいだね」パオラがエッジを見上げて言った。そうだね,とエッジも相槌をうつ。透明感のある爽やかな香りは,離宮の大樹が生み出す精油がもとになっている。高い抗菌作用を持ち,身体を清潔に保つのにも役立つ。今のような状況になる前,高価な香料として,各地に輸出もされていた。また,この宮殿そのものが大樹のなかにあるためか,建物の中もほのかな香りで満たされ,自然と心が穏やかになるように感じられた。

通路の行き止まりは大扉でふさがれていた。神官がそれぞれの取っ手を持ち,左右に開く。すると,その視界が一気にひらけ,まるで空に飛び出したかのような錯覚をおぼえた。

謁見の間だ。吹き抜けとなった部屋は光が隅々にまで届いている。透明な床下を澄んだ水が流れ,水草の合間に魚が泳いでいるのが見える。柱の表面をさらさらと水が伝い,光を七色にはねかえしていた。

しかしその最も輝ける場所,玉座には,誰の姿もなかった。「こちらへ」神官はなおも進み,長く垂らされた天幕をはらうと,その裏にある扉に手をかける。「あの」エッジがたまらず声をかけた。「そこは姫の寝室では」

デクが振り返り答える。「おっしゃるとおりでございます」「姫様は体調がすぐれません」アレクが続ける。「エッジが行けないなら,わたしが行ってこようか?」パオラが提案した。エッジは困った表情だった。パオラではおそらく話にならないからだ。「姫様の許可はいただいております。ご遠慮なさらず」そう言ってエッジがとめるのもきかず,二人の神官は扉を開いた。

はじめに目に入ったのは若木だった。その幹は光沢を放っている。そして星空を模した天蓋。大きな窓の外はそのまま海へとつながっている。若木の枝には半透明の皮に包まれた実が一つなっているのみで,これまでの宮殿の装飾からはかけ離れた簡素なつくりである。すると,デクとアレクが膝をつくのにあわせ,エッジたち三人も若木の前に跪いた。

「お久しゅうございます,寵姫様」ファランが目を閉じ,ささやくように言った。





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