037
エッジが持っていたのと揃いのペンダント。船内でそれを見つめるパオラの顔は浮かない。
「配達人に会いたいか?」そばにいた寵姫が聞いた。パオラは無言でうなずく。「なれば,これから参ろうぞ」
パオラとファランは驚いて寵姫を見る。「ど,どこへですか?」「知れたこと。配達人のおるところ以外どこに参るというのだ?」突拍子もない言葉に二人が目を丸くする。
「でも,私たちがここを離れたら」「彼奴の仕事は余を陛下のもとへ連れてゆくことであろう?当人が仕事をさぼっておるのじゃ。行って叱ってやらねばな」「それはそうですけど,でも…」
寵姫は二人がためらう様子を見てあきれるように言う。「意気地のない者どもじゃ。港が帝国の手に戻ったとして,配達人を野放しにすると思うておるのか?」
「えっ」パオラの身体が固まり,ややあってファランの顔を見る。ファランは察していたのか目を合わせようとしない。その思いを代弁するかのように寵姫は言った。「彼奴は帝国すら歯がたたない魔を一人で撃滅しようとする化け物じゃ,生かしておけば覇道の妨げになることは目に見えておる」
「い,生かしておけばっ,て…」パオラは顔を覆った。「エッジはみんなのために戦っているのに」震える身体をファランが抱きしめた。悲痛な表情が浮かんでいる。
「これ,ファランとやら」不意に呼ばれたファランは頭を左右に振り,つとめて平静を装い寵姫を見る。「ヌシは日和見をきめておるようじゃが,もし帝国の刃が配達人に向けられたらどうするつもりなのじゃ。ただ首が断ち切られるのを黙って見ておるつもりなのか?」
「そんなことはしません」ファランは強い調子で言った。「…抗います」「ほう,では今は帝国がよしなにすることを期待しておるのか。殊勝なことじゃ」そう言って寵姫はファランの腕に抱かれるパオラに目をやる。「そのほうはどうじゃ。ヌシも帰りを待つのか」
沈黙が続いた。返事がないことを同意見ととらえた寵姫がため息をつこうとした瞬間,
「わたし,エッジに会いたい」「パオラ」
顔を上げたパオラはファランの腕をほどき,まっすぐに寵姫の目を見て言った。
「寵姫様,エッジを迎えに行きましょう」迷いのない声を聞いた寵姫の口端が上がり,目を見開いて言う。「帝国に逆らうことになるが,よいのか?」
パオラは目をそらさず,力強い声で「はい」と答えた。
「そうじゃ!」パオラの肩に,パチン,という乾いた音とともに寵姫の手が置かれる。突然のことにパオラは目を瞬かせる。「そうじゃ。流されて良いことなどありゃせん。かような世ならなおさらじゃ」
寵姫は立ち上がって衣装を整えた。「さあ参ろう。ぐずぐずしておると向こうが先に用を済ませてしまうかもしれぬからな」
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