047
帝都の執務室に鐘相 (しょうしょう) ベーが慌しく駆け込んでくる。
「水の離宮から主がやってまいりました!」
ベーと向かいあう人物の手が止まった。質素な机,その上に並べた書類に触れないようペンを置く。「まだ戦主には伝えていないか?」「はい。お呼びいたしますか?」
すぐさま返ってくる問いに,手を顎の下で組んで考える。「その前に離宮の者たちと話がしたい」
指についたインクをこすりながらそう言った。
帝都の皇宮,その外でエッジたちは宮中からの返事を待っていた。門の入口に立っていた者が去った後,まるで中に誰もいないかのように静まりかえっている。
「急に押しかけて,先方もあわてておるじゃろう」寵姫はしゃがみこんで,地面を眺めながら言う。道に敷かれた石に,太古の化石が埋まっているのだ。
ファランがポーチから指の先ほどのガラス玉を取り出し,口に含んでからパオラに語りかける。「パオラ,手を出して」
「なに?おまじない?」たずねるパオラに笑顔でこたえると,ファランは差し出された手の甲に軽くキスをした。「寵姫様もよろしいですか?」「まじないはまじないでも,呪いじゃなかろうな?」意地悪そうに冗談を言いながら手を出す寵姫にも,同じようにする。そうして自身の手にもキスすると,手を差し出すエッジを無視して唇を重ねた。驚くエッジ。と,透明に輝く糸が四人をつなげるように浮かびあがる。触っても指が通りぬけ,手応えがない。
「互いの居場所がわかるように,私たちだけが見える糸でつないでおきました」ファランが言う。興味深そうに手をながめる寵姫をよそ目に,「何があるかわかりませんから」と続ける。
「なぜ配達人だけ接吻なのじゃ?」寵姫がファランを見据えて言う。パオラも不審な目で見ている。「あ」と思い出したようにエッジが答えた。「幼いとき,私がこれをひきちぎって逃げ出したからでしょう」その言葉にファランは目を合わせたまま軽くうなずいた。
「ほう,二人はそんな昔からの付き合いか」寵姫がそうたずねると,パオラが割って入った。「い,一緒にいる時間は私のほうが長いもん。ね?」腰にしがみつくパオラに,エッジが苦笑いしながら「そうだね」と答える。
不意に,ガラガラと音をたて,皇宮の門が開いた。中には清潔感あふれる衣装をまとった秘書らしき人物が立っている。うやうやしい礼の後,ゆっくりとした口調で話した。
「陛下が謁を賜れました。お入りください」
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