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離宮の漁師が水揚げした極上の魚。そこに帝国由来の調理技術が加わり,フライ,燻製,鍋物,和え物といったメニューがずらりと並べられていた。神官たちは海の恵みに感謝しながら,酒とともに料理に舌鼓をうち,話に花を咲かせている。パオラはあっというまにそれらの輪に入り,顔を真っ赤に染めながら上機嫌で食事をとる。ファランはデクやアレクと最近あった出来事を笑顔で語り合う。まるでこれから戦になるとは思えぬ和やかな雰囲気だった。

そんななか,たった一人だけ会場から離れ,宮殿を後にする者がある。エッジだった。人見知りというわけではないが,ただひとつ,高いところが苦手だったのである。いくらその透明な床が安全と言われても,足が震えて前に踏み出せず,とはいえ入口でうろうろするのも迷惑でしかない。そんなわけで,せっかく用意された場所なのに,無理を言って退出したのだった。

配達人が一人で坂を下ってくる様子が人々の目に入る。本当に挨拶だけで終えたのか,奇妙なやつだ,そんな視線が飛んでくる。エッジはそれを気にしなかった。それどころか,ふいに目があった者に,食事ができる場所,それもなるべく大きなところがどこにあるか尋ねた。



港にほど近い宿場は,お世辞にも上品とはいえない者たちであふれかえっていた。宿の主人たちは次々に出される注文に汗まみれになりながら,せっかくの稼ぎどきということで,街の暇な人々を臨時に雇ってまで対応している。

離宮にあるいくつかの宿場は,エッジを乗せてきた船の乗組員で貸し切り状態になっていた。当のエッジは支払いの多さに目を回しながら,帳簿に印をつけている。時おり,きっぷのいい配達人を賞賛するように,その背中が勢いよく叩かれる。数字とにらめっこをする様子に絡んでくる者もいる。それに青ざめた顔でエッジは苦笑いしていたが,灰の王国から来た人々と,街の人々がともに笑顔で話している様子が嬉しくもあった。

エッジが先の宮殿で宴会場から街を見下ろしたとき,目にとまったのが沖で錨を降ろす船だった。自分たちを送り届けたらてっきり戦いが始まる前に撤収するかと思っていたが,テューマが何か指示をしていたのか,そこに留まったままだったのだ。彼らが残っているなら,何か礼をしたいと思った。パオラの人なつっこさや見事な踊りのおかげもあるだろうが,一見すると怖そうな見た目の船員たちは,エッジたち配達人とすぐに打ち解けて親切にもてなしてくれたからだ。



陽が海の向こうに沈む頃,エッジは宿をたち,再び宮殿へと引き返した。そこへ続く洞をくぐるやいなや腹に衝撃と鈍痛がはしる。

「もう!ろこいってらの!」目を下に向けると,パオラが真っ赤な顔で頬をふくらませている。「ごめんね,ちょっと用事で」

パオラの首筋に手を触れると,風邪でもひいたのかと勘違いするほど熱い。随分と飲んだな。そう思いながら抱きあげると,くてっ,と力なく肩にもたれかかり,鼻をすすっている。そのまま門の開いた宮殿に入ると,

『ヌシは余のもてなしが気にいらぬようじゃな』

と低い声が響いた。声の主は誰か,と考えるまでもなく,「申し訳ありません,寵姫様」とエッジは頭を下げる。『ヌシのために用意した宴だったんじゃがな』となおも不満げに追いうちをかけてくる。エッジは謝りながら,視界の端でファランを探した。パオラに水を飲ませてやりたいのだ。

と,絨毯の敷かれた階段の上に,声の主デクとアレク,そしてファランが立っているのが見えた。エッジは頭を下げたまま,そこへと近付こうとする。

『待て』ひときわ大きな声が響いた。『ヌシが立ち入ることはまかりならん』

エッジはその言葉に一旦口を強く結び,そして開いた。「お願いします。パオラだけでも休ませていただけませんか」『ならん。ヌシが余に何をしたのかわかっておろう』「お願いします。このままだと」

「このままらと,わたひ,おもらひひちゃう」

パオラが半寝ぼけで答えた。気の抜けた返事に,張りつめた空気が一瞬で緩む。ぷっ,と思わずエッジが吹き出してしまう。それにつられるように,くすくす笑う声が階上からも響いてきた。

「パオラ様にはかないませんね」とアレク。それにファランも笑顔でうなずく。「配達人様,冗談ですよ,冗談」デクの高い声が響いた。じょうだん?頭にはてなを浮かべた様子でエッジが顔をあげる。「姫様は全てお見通しですよ,配達人様が根の街でなされたことを。民がお世話になりましたね」

そうしてデクとアレクが深く礼をした。その様子にしばしエッジは沈黙し,またも自分が謀られたことに赤面した。





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