005
郵便屋での手続きに随分と時間がかかり,宿へ戻る頃には夕方になっていた。すると,歓声が沸くのが外から聞こえてくる。
「あ,エッジが戻ってきたよ」パオラが言った。今日は落ち着いて入口をくぐることはかなわないらしい。
「エッジさん! 僕と正々堂々勝負しましょう!」澄んだ声が響く。その声の主,照明が当てられたかのような輝きに満ちた笑顔に,エッジは思わず苦笑いしてしまう。
人の輪の中心には,倒れた机と,しゃがんだまま腰をさするテューマ,そして曇りのない瞳でこちらを見る,鎧をまとった若者が立っている。人の群れに押されるようにして,エッジはその中に放りこまれた。
鎧の若者は机を立て直すと,すぐさまそこに腕を乗せ,さらに声を鳴らす。「さあ!」「あの,ポッドさん,私は」「今は『聖騎士』ポッドですよ!」
聖騎士,と名乗った途端,歓声があがる。やや遅れて,人だかりの一角から笑いが漏れた。そこには市民とは異なる風貌の人物たちが座って,聖騎士ポッドの行方をながめている。
「俺のかたきをとってくれ。負けたら許さんからな」ひどくやられたのか,立ちあがってなおテューマは腕を振っている。「エッジ! がんばって!」パオラも大声で応援する。
エッジはため息をひとつつくと,腕を台に乗せた。二人の手が組まれる。「力を抜いて」ヤンサがそこに手を乗せる。審判をするようだ。
「ポッドさん,全力できてください」「もちろんです!」
「それじゃ,はじめ!」かけ声とともにヤンサの手が離れた。
エッジは天井を眺めている。勝利に大喜びする声と,くやしがる声がこだまする。「エッジ」ファランが助け起こした。「頭,痛くない?だいじょうぶ?」そういって頭をさすってやる。「ありがとう,痛くないから」
「エッジが一瞬でやられるなんてな,ポッド,お前どれだけ強くなったんだ」腕組みをしたテューマがポッドにたずねる。ポッドは胸を張って答える。「ふふん,何を隠そう,蛙の王カウワンを倒したのは,この僕なんですよ!」
おおっ,と周りから驚きの声があがった。口々に,あのカウワンを,大軍でも追い返すのがやっとだったあの怪物を,とささやきあう。「蛙の王を?そりゃあ大したもんだ」そんなテューマの言葉に得意気なのか,ポッドはニヤリとする。「もっとほめてくれてもいいんですよ」
「あたしたちの助けがなかったら死んでたけどね」人の群れから声がした。ポッドが聖騎士を名乗ったときに笑みをこぼした者達だ。ポッドはその言葉を否定できないのか赤面する。
「ポッドさん,あの人たちは」負けた事実を無視するかのように,立ちあがったエッジはポッドにたずねた。ポッドは赤い顔をきょろきょろさせ,頭を整理する。「そうそう! エッジさんに紹介しようと思ってたんですよ,僕の頼もしい味方です!」
そう言ってポッドはエッジを部屋の一角,ポッドの仲間の立つ場所に案内した。ヤンサはこれまで集めた賭け金を整理し,人の群れをさばいている。負けたら許さん,とはこのことだったのか,とエッジは呆れながらポッドに向きなおった。
「剣王のエーコさん」「よろしく!」まっさきに紹介されたエーコは威勢よく手をあげた。「俺はザイモン。よろしく」「ザイモンさんは魔人なんですよ」「それはすごい」「そして楔の塔で修行を経た僕の師匠,大賢者のヌウ師匠です」最後に紹介されたヌウは無言でエッジを見た。「配達人のエッジです。よろしく」それぞれに挨拶する機会を逃したエッジは,ここでようやく自己紹介をした。
大剣を携えた鎧の騎士,両手の先まで呪印を彫った武闘家,そして大杖を持った白髪の古老。その前に立つ,輝ける鎧に透き通るような肌をもった,金色の眼の竜人。まるで勇者の一団だった。そしてそれは間違っていない。この四人が大軍でも歯が立たなかった蛙の王を倒し,そして聖騎士として認められたのだ。
紹介にあずかろうと,エッジのそばにも二人がやってくる。「そちらがエッジさんのお仲間なんですか」ポッドが聞く。「はい。踊り子のパオラと」エッジの言葉にパオラがくるっと回りお辞儀をする。「薬師のファランです」ファランがうやうやしく頭を下げた。
「かわいらしい人たちね」エーコが口に手を当て,くすくすと笑う。それももっともだ。まるで三人は街に出かける市民のような姿なのだから。言葉に迷ったのか,ポッドがあわてたように口を開く。「エッジさんもがんばってらっしゃるんですね!」
「ポッドさんこそ,しばらく見ないうちにずいぶんと遠い存在になってしまって」「そ,そんな!」ポッドはエッジの手を持って強く握る。「私にとってエッジさんはいつまでも尊敬する先輩ですよ!」「それは嬉しいな」
エッジはふっと真剣な顔つきになると,ポッドの後ろに立つ三人を見て言った。「皆さん,会ってばかりなのを図々しいのは承知しています。ですが,ポッドさんのこと,よろしくお願いします」そうして深々と頭を下げる。その様子にポッドとエッジが強い絆で結ばれているのを感じたのか,ヌウは「良い先輩を持ったな」とポッドを杖でつついた。
ポッドはまたも赤面した。
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