022

先ほどまで晴れわたっていたのが嘘のようだ。昼とは思えないほどに暗い。とめどなく波がうちよせる。けれども鋼のように硬い大樹の幹が,風雨から宮殿を守っていた。だがこれほどの嵐は離宮で暮らす人々にとっても初めてだ。門は固く閉ざされ,窓から外の様子を眺めると,まるで街全体が水没してしまったかのように雨が幾筋もの滝を作りだしている。

「船団の姿はありますか」エッジがアレクを通じて寵姫に問う。アレクを首を振った。ただ顔には不安の表情が浮かんでいる。「これはわたくしの勘ですが,嫌な予感がいたします」その答えにエッジもうなずいた。

「エッジ,ごめんね,わたし」その腰にパオラが腕を回し,申し訳なさそうな顔を隠している。あの騒ぎのあと,エッジが本当に寵姫と会っていたことを知らされたのだ。エッジは視線を下ろすと,そのやわらかい髪をなでながら,気にしないように言った。「それより,もし私が外に出るようなことになったら,宮のみんなをお願い」

万が一,何らかのかたちで向こうの輩が上陸するようなことになったら,人々が混乱するのは目に見えている。そんなとき,パオラの幻術で皆を落ち着かせることが必要だった。パオラは顔を伏せたままうなずいた。それをエッジは抱えあげ,パオラが返事をする間もなくきつく抱きしめた。その肩越しにアレクと目が合い,決意をこめた眼差しを向けた。



ファランが門の前までついてくる。そしてエッジの正面に立つと,腕を伸ばして両耳を手の平で覆った。淡い光がエッジの耳を包む。

『配達人さま』『聞こえますか』アレクとデクの声が頭に響いた。エッジはファランと目を合わせる。『次に門が閉じられれば』『外からは開きません』『どうか』『ご無事で』

『帰ってきてごはんたべようね!』ひときわ大きな声が耳に響いた。頭がキンキンする。思わずエッジは吹き出してしまった。

同じように笑みを浮かべるファランを抱きしめる。「みんなのことはお願い」「身体に気をつけて」緊張するエッジに対し,ファランの言葉はまるで旅行に出る相手に向けたものに聞こえた。ファランにとっては大抵どんな場面も『いつものこと』なのだ。



たたきつけるような雨だ。あらためて大樹の力強さを知った。わずかな太陽の光がなければ,深い海の底に落ちてしまったのかと錯覚してしまう。背後の門は幾重もの厚い根で覆われ,もはや木の一部と化している。視界は豪雨にほとんど塞がれているが,しびれるような気配がびりびりと伝わってきた。あの匂い。間違いない。

エッジは剣を抜いて構えた。



「ねえ」宮殿の中から外を見ていた一人が,何かに気づいた。

「人が浮いてるよ」





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