023
不意に雲が晴れた。そう思った瞬間。
耳をつんざく轟音。目を潰すほどの白明。激しく地面が揺れ,立っていられないほどの衝撃が宮殿を襲う。
「エッジ!」パオラが叫ぶやいなや,背後からファランがきつく抱きしめた。「まどろみの術を,はやく!」そう耳元で伝える。わずかに我を失ったパオラはその言葉に正気を取り戻し,ファランを見上げ,うなずく。
突然の出来事にあわて,泣きわめく人々,その頭に足踏みをする音が響いてくる。そのリズムは心地良く,こんな状況でありながら,思わず笑顔になってしまうほどだ。
やがて人々の輪の中にパオラが進み,華麗な踊りを披露する。手拍子にあわせ,くるくると回りながら,みるみるうちに場の緊張をほぐしていった。ファランとパオラの目が合う。今のうちに。そうパオラが言っているように思えた。ファランは皆が踊りに見とれているのを確認すると,一人その場をあとにした。
色あざやかだった街並は土色に変わっている。その瓦礫のなかにエッジの姿があった。雨と埃にまみれた身体も気にせず,一瞬で離宮の街を粉微塵にした張本人を凝視している。激しい雨のなか,ほのかに白く光る姿が雨雲にまぎれるように見える。
イヴン。エッジは心の中で歯ぎしりをするように,その名をつぶやいた。
相手がエッジの姿を認めたかは定かではない。次なる一撃が離宮を襲った。天から伸びる幾筋もの柱が突き刺さり,大樹の硬い幹をたやすくえぐっていく。宮殿は度重なる衝撃に揺れ,パオラがバランスを崩して倒れこむ。したたかに膝をうちつけ,青痣になった。それでもすぐに立ちあがり,皆の平静を保とうと健気に舞いを続ける。その瞳は潤んでいた。けれどもいま人々を守れるのは自分だけなのだ。時おり目をぬぐいながらも,決して踊りをやめなかった。
大地の一部が照らされ,直後,光の柱とともに瓦礫がはじけ,土砂が巻き上げられる。はたから見ればどこに落ちるかわからない,絶望の裁きである。だがエッジには当たらない。なおも攻撃は続く。このまま離宮を本当にこの世から消し去るつもりなのか。砕けた大樹の幹が落下し,瓦礫の破片が飛び散る。そのなかにエッジが埋もれていくようだった。
いや。街は消えても,大樹は消えない。大樹があるかぎり,離宮は終わらないのだ。一陣の風が雨をひきさいた。地面が半球状にくぼみ,そこに渦巻く力の波が収束してゆく。空から離宮を見ていた主もその様子に気付いたようだ。雲の合間から身体を出し,離宮に生じた変化に目を向ける。
そして笑みをこぼした。
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