036
瓦礫と化した街で子供が泣いている。見かねたパオラが声をかけた。
「きみ,だいじょうぶ?」
ケガがないか膝をついて確認する。すると,人の姿をしたそれが輝いたように見えた。
それがパオラの見た最後の景色だった。灼熱の光に包まれた身体は一瞬で蒸発し,この世から消えた。
「パオラ!」
エッジは自分の声で目を覚ます。ひどい寝汗だ。あたりは暗く,そこでようやく自身が闇に包まれた港のなかにいることを思い出す。
エッジの周囲にはファランの術が込められた結界が張られ,安全に休息することができている。エッジは上着を脱ぎ,火照った身体を冷やそうとした。だが脳裏に焼きついた悪夢が離れない。
「パオラ」
首から下げたペンダントをにぎった。結界を展開するそれはエッジの体温を吸ってほのかに温かい。
『…エッジ』
ふと自分を呼ぶ声に,エッジがあたりを見回す。人の姿はない。だがその声はまぎれもなくファランのものだった。
「ファラン?」エッジが呼びかける。すると,こんどは明るい声が響いた。『エッジ!』
ペンダントに目を向ける。声はそこから聞こえてくるようだった。「みんな,そこにいるの?」
『エッジこそ大丈夫ですか,怪我はありませんか』
ファランは緊急事態にそなえ,エッジと自分たちが会話ができるようペンダントに術をかけていた。今回はエッジの悪夢がその引き金となったようだ。だが結界に必要な分を差し引くと,込められる魔力はさほど多くない。ここでいつまでもおしゃべりする道具としては使えないだろう。
「みんな,ひどいめにあってない?」人質となった皆をエッジが心配する。それが杞憂であることを示すように,パオラが元気に返事をする。その声がとてもうれしかった。
「パオラ」『なに?』「パオラに会いたい」思わずエッジは胸の内を口にしてしまっていた。
誰かの笑う声が小さく響く。おそらく寵姫だろう。それでもあの悪夢が現実でなかったことを,エッジはその目で確かめたくてしょうがなかった。
『わたしもエッジに会いたい』
パオラが答える。それは先ほどまでとは違う,優しい声だった。「すぐ帰るから」『えっ?もう倒したの?』「まだ。でも早く会いたいから」『うん』「港を取り戻してすぐ帰るから」『うん』「帰ったら一緒にご飯食べようね」『…うん!』
会話を終えてからも,エッジはペンダントを愛おしそうにながめていた。そしてファランの気遣いに感謝し,一刻もはやくパオラたちを解放するべく先を進むことにした。
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