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「は,はい,わたくしがお二人を港までお連れいたしました」

気弱そうな兵士が,幕舎のなかで取り調べを受けている。それに向かいあう上官は強い口調でたずねる。「そのとき何が起きたか,詳細に話せ」

兵士は過去のやりとりを思い出す。あのとき,つい,帝国を恨まないよう配達人に頼んだ。だがそのことをいま口にすれば軟弱者として叩き殺されるだろう。それも伝えなければならないのか,そんなおどおどとした様子に上官はいらだつ。「貴様,戦場に立つ者ならもっとしゃっきりせい!」

「はい!申し訳ありません!」兵士は反射的に立ち上がる。そうして直立不動のまま,冷や汗を流しながら必死に思い出そうとする。すると,その脳裏に,光る手の平が浮かびあがってきた。

「あ,思い出しました」「なんだ」「雷神閣下が,配達人様の背中にびんたして,それが手の平の形に残ったんです。まるで,わたくしたちが頬をはたかれたときのように」

「それだけか?」書きとめながら上官がたずねる。「それがずうっと,光ったままだったんです。配達人様が見えなくなるまで」「見えなくなるまで?暗い場所での,照明の代わりじゃないのか」

兵士は「わかりません,そうかもしれません」と素直に答え,先に自分が言ったように頬をはたかれる。「もっとはっきり思い出せ!」「申し訳ありません!」

兵士はぶるぶると震え,目をきつく閉じたまま言う。「た,たしか雷神閣下は,無駄遣いするなよ,と仰っておりました」「無駄遣い?何をだ」「わかりません,それだけしか仰らなかったように思います」

上官が怪訝な顔をする。「本当か?」「は,はい」「はっきり答えろ!」「はい!本当です!」

取り調べからようやく解放された兵士は持ち場へと帰っていった。闇に侵された港が再び機能するまでには山のような仕事をこなさなければならないのだ。



新たに呼ばれた魔法船団の術師は,先の記録を読みながら意見を求められていた。

「これは,港へ向かった人物に術がかけられたのかもしれません」「そんなことができるのか?」「はい。通常は空中に向かって放つ術を,対象とする人物にかければ。ですが,そのままでは使いものになりません。術を時限式にするとか,何らかの改良をしなければ」

「術を改良すれば使えるのだな」上官が聞く。「口では簡単ですがそうたやすいものではありません。まず法力を圧縮するための…」「それを何とかするのが貴様らの仕事だろう」

上官は最後まで聞かず立ち上がり,幕舎の垂れ幕をくぐって出ていく。「いけません。私たちにそれを使いこなせる術師は残っていません。聞いてください,これまで召喚魔法の使用で多くの術師を失…」





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