040
「そんな,どうして」ファランが思わず声に出してしまう。「俺だって行きたかねぇよ」イヴンは食いしばった歯を見せて自らの不満を表明する。
二人のあいだでしか通用しない会話。取り残されたパオラと寵姫にファランが気づき,伝える。「イヴンさんとテューマさんは,私たちと一緒に黒の眷属と戦ったんですよ」
「ほう」先に驚嘆の声をあげたのは寵姫だった。それを無視するようにイヴンが言う。「だからな,こうして隠れてたわけだ。そうしたらお前らがいきなり入ってきて,そりゃあびっくりしたもんよ」
「で,でも,それじゃあイヴンさんがいなくなったら,エッジは」パオラの問いかけにイヴンとファランが複雑な表情を浮かべる。「どうじゃ。余の言ったとおりじゃろう?」寵姫が勝ち誇ったように言う。
「ねえ,エッジを守ってくれるようお願いしてくれないの?」パオラがイヴンに頼む。だがイヴンは困ったような顔で,「俺は船長じゃないからな。頑固なあいつらに脅しがきくとも思えん」と煮えきらない返事をする。
「じゃあわたし,やっぱりエッジのところに行きます」強い口調でパオラが言う。そして口を開こうとするイヴンを制するように,
「ごめんなさいイヴンさん。わたし,エッジが好きだから」
そう真っ直ぐな瞳で思いを伝えた。
目を潤ませたのはファランだった。たまらずパオラを抱きしめ,「ええ。行きましょう。エッジのところへ」と幸せに満ちたような表情で言う。それは他の二人も同じだった。
「まったく」イヴンは照れて顔をそらす。そうしてしばらく黙っていたが,「俺が乗ってきた船がまだつけてあるはずだ」と小さくつぶやいた。
「イヴンさん」ファランが驚く。「もう俺はあいつの面倒をみてやれん。頼むぜ,小さい守り手さんよ」そうしてイヴンはパオラの頭に優しく手を乗せた。そこには天使の輪のような輝きが残った。
激しい嵐だった。船員たちは船を守るため必死に作業をしている。そんななか,漕ぎ手のいない無人の船が切り離され,ゆっくりと船団を離れていった。波をもろともせず,すべるように。その先には,闇に覆われた港がなおも全てを飲み込むように黒い霧を放ちつづけていた。
(c) 2018 jamcha (jamcha.aa@gmail.com).