041

ヘドロを踏むような不快な足音が響く。どこからか吹く風と,時折,錆びた金属がきしんで鳴る他は何の音も聞こえない。エッジはわずかに感じる闇の根源を手がかりに,黒い靄のかかる港を進んでいた。

エッジ通った後には亡骸が山と積まれている。それは魔物に留まらず,以前は人であったものも含まれている。闇の気に侵され,我を失い,魔と化した者を,滅ぼさずして救う手立てはない。もはやエッジの他に正気を保つ者は残されていないだろう。それは,仮にエッジが港を取り戻したとしても,その機能が回復するには長い時間が必要になることを意味している。

いくつもの建物を過ぎてエッジが感じたのは,その規模に比して空洞が目立つことである。帝国の港であれば,所狭しと船がおかれているだろう。そう思っていた。だが実際には魔物が出迎えるばかりで,倉庫と思しき建物のなかにぽつぽつと資材が積まれているだけだ。闇が食したのか?いや,現れる敵にその痕跡はない。

帝国は離宮を大船団で襲った。そして今はその戦力を港に向けず,自分だけを派遣し,沖でその様子をうかがっている。何を恐れているのだろうか。エッジの心に,ひとつの可能性がよぎる。

ズン。

反射的によける。地面に鋭い亀裂が入っている。腕が鎌になった塊,人を吸い醜く膨れあがっている。と,その身体からいくつもの矢が飛ぶ。削られた骨に闇の気を込めたものだ。雑に人を喰らい,血肉や骨まで武器とする。そのおぞましさに,エッジは怒りの刃を振るった。



闇は深く,濃くなってゆく。無駄遣いするなよ。背中に残る手の平の感触。せっかくイヴンが託してくれたチャンスなのだ。闇の元凶を見誤ってはならない。泥沼に陥る前に,決着をつけてやる。

広場に出た。本来なら規律のとれた勇敢な戦士達,圧倒的な火力をもつ兵器をならべ,帝国の威光を示す場であったはずだ。だが今は黒い影がうねる聖像だけが殺風景な様子を強調しているだけである。



…影がうねる?



瞬間,エッジは宙を舞った。地面から黒いトゲがいくつも伸びている。間一髪,死を免れたエッジは,身を翻して着地するが早いか,手首を切って血をまとう。と,それがみるみる黒い羊の群れをなした。まるで重力などないかのように自由に空中をかけまわり,血の香りで闇からの攻撃を惑わす。さらにエッジは唇を噛んでその血を含むと,霧のように吹き出した。霧は黒き蜂となって一斉に像に襲いかかる。触れたそばから破裂し,炎があたりに飛び散る。あたかも弾幕のように広がって,そこだけが真昼のようにオレンジ色に染まった。

エッジは剣を握ったまま,親指で柄の感触を確かめる。汗をこする音が耳に響いてくるようだった。適度な緊張だ。身体は動いている。目をこらしていると,炎が一気にはじけとび,喉を裂かれた者の叫びにも似た,ゴボゴボという音が響いた。

影をまとう聖母。港を闇に堕とした元凶とエッジの一騎打ちがはじまった。





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