038

「ぷはぁっ」

船内の一角でようやくパオラが息をついた。同時に三人の姿がすぅっと現れる。パオラははぁはぁと汗だくで呼吸を繰り返し,ファランがその口に手を当てて過度に息をしすぎないよう抑えている。

「便利な術じゃの。誰に教わったのじゃ」寵姫の問いに,パオラがファランを指す。「さすが怪物を飼いならす者は曲者だらけじゃの」

脱出の際,ファランが難なく船室の鍵を開けたときから,寵姫はこの二人が相当の実力をもつ者であることはわかっていた。だがパオラに術の手ほどきをしたのがファランとは。船に留まって行く末を見守るのも一興であったか,と少し後悔した。

パオラの幻術があれば三人が船員の目を盗んで移動するのは容易である。問題は入り組んだ構造の船からどうやって出口を探し出すかだ。既に何度も息をころしてきたパオラは頭がくらくらしている。かといってあまりに長い時間姿を現していると見つかる恐れがある。

「見つかっては元も子もない。しばし休もうか」寵姫の言葉にパオラが首を振る。「だ,だいじょうぶ」「そんなはずがなかろう。ファランよ,なんとかせい」

そう言われたファランが少し間を置いて答える。「では人のいない部屋で休憩しましょうか」

ファランが人差し指で両目をぬぐうようになぞった。あたりを見回し,「あそこにしましょう」と二人を連れてゆく。



まるで鍵などかかっていなかったかのようにファランが扉を開け,中に入った三人は雑多に置かれた荷物の隙間に腰を降ろす。「なぜここに人がおらぬとわかったのじゃ?」

「ないしょです」ファランがいたずらっぽく笑う。「ファランはね,透視ができるんだよ」パオラが代わりに答える。「ほう,それは珍妙な」「そんな大層なものじゃありませんよ」

「おう,なんだお前ら,散歩か」

低く吠えるような声に三人が反射的に振り返る。積まれた荷の上に,雷神イヴンがあぐらをかいて見下ろしていた。

「なんじゃ,ファランよ,先客がおるのなら早う申せ」寵姫が責めるのをファランが両手を振って否定する。「いえ,そんなはずは」

「俺を呼びにきた,ってこたぁないな。何しにきた」イヴンが薄目で頭をかきながら問う。事情を理解していないのだろうか。パオラとファランが互い口をまごつかせているうちに,寵姫がためらいなく切り出す。

「仕事をさぼっておる配達人を叱りに行くのじゃ」

「ほう」興味深そうにイヴンが身体を乗り出す。「誰の許しでそんなことを?」

「許しじゃと?」寵姫が片方の眉をつり上げ,不敵な表情で言う。「下僕が余を縛ろうとは片腹痛い。余に命じられるは陛下のみぞ」

余韻が残るほどよく通る声だった。だがその様子が滑稽だったのか,イヴンが頬を緩ませる。「ふっ」そうして声をあげて笑いだした。「脱走したいならそうとはっきり言えよ」

子供のような無邪気な笑い声に場の緊張がほぐれる。パオラとファランもやや安心し,互いに顔を見合わせて微笑んだ。と,

「俺らがそんなこと許すと思っているのか?」

イヴンは真顔に戻って言った。





(c) 2018 jamcha (jamcha.aa@gmail.com).

cc by-nc-sa

results matching ""

    No results matching ""