003
郵便屋の二階,案内された寝室にはベッドが二つある。けれども三人は一カ所に集まって横になっていた。パオラはエッジに抱かれ,その二人をファランが優しく包んでいる。それでも三人はいっこうに眠れなかった。
脇のテーブルには食後の皿が積まれている。ママが入れてくれた温かいスープだ。ここに来るときは一番の楽しみだったのに。なぜかこの日は味がしなかった。
「エッジ,寝ようよ。明日早いんでしょ」パオラが声をかけた。だがエッジは目を開けたまま,何もいわずぼんやりと壁をながめている。
主人と最後に言葉をかわして以来,エッジは無言だった。横になっても身動きひとつしなかった。ただわずかな鼻息がパオラの髪を揺らす他は,まるで人形のように静止している。それでもその身の内で,煮えたぎる熱が行き場をなくし,あらゆる方向へぶつかっていることが手にとるようにわかった。
エッジはいま,帝国からある一つのことを求められている。なぜそれが必要なのか。外の兵士に問えば,あらゆる文言で説得しようとしてくるだろう。だがそこに論理はない。そしてそれを指摘すれば態度を豹変させて罵ってくるに違いない。
これまで配達人として各地を回り,そこでの営みを見てきた。多少はズルをする人もいるだろう。けれども大抵はいい人たちだ。そう感じた。だから,そんな人たちが少しでも幸せになれれば,そう思って配達に精を出してきた。注文や手紙を渡し,街道を安全にする。そうして商人が行き交うほど,人々が賑うように思えたから。
だから離宮が主人の言うほどひどいものとは思えなかった。自分に刃を向けた兵士に従って戦うのもためらわれた。それでも自分は。
パオラはエッジの腕に力がこもるのを感じた。身体が締まり,思わず息が漏れる。「ごめん」腕を解こうとすると,パオラが締め返してきた。「黙ってないで,言ってよ。わたし,聞くから」するとファランも負けじと二人を締めつけてきた。思わず三人とも笑ってしまう。
「ねえ,眠れるおまじないして」エッジがパオラに頼んだ。待ってました,と言わんばかりに,パオラが首を伸ばす。二人の顔が重なり,あれほど高ぶっていた鼓動がみるみる大人しくなっていく。間もなく煙のような夢の手がのびてきて,エッジの心のまぶたを閉ざした。
翌朝,まだ霧の晴れない時刻,三人は部屋を出て路地裏を進んだ。追ってくるものの気配がある。だがこちらにはママから聞いた秘密の抜け道があるのだ。
ふっと三人の姿が角のむこうに消えた。あわただしく追いかける足音。だがそこには三人の影も形もなかった。やられた。追手はすぐさま仲間を増やすよう要請した。なんとしてでも配達人の行方をつかまなければならない。だがその仲間が来る頃には,エッジたちは地下道を抜け,街の人々の間に姿を隠してしまっていることだろう。まんまと追手を出し抜いた三人は,帝都を離れ,南にある灰の王国を目指した。
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