017

おだやかな海の地平線が黒く染まったかと思うと,やがてその染みはみるみるうちに青い海に広がっていった。帝国の大船団である。大銅鑼が打ち鳴らされ,それは船に乗る者たちの血をわきあがらせ,また離宮から抗う意思を削ぐように響く。

空は晴れわたっている。ふだんは帝国と離宮の間を覆っている霧もなく,船団からは,天を衝く大樹が鮮やかに視界に捉えられた。帝国の威光が味方したのだ,そう思われた。

船団は離宮を取り囲むため,徐々にその横幅を広げていく。遮るものはない。そのはずだった。

ふと,それまでの波とは違う,切れ間のない音が聞こえてきた。がたん,と二隻の船がぶつかった。操舵の未熟さを責められる。と,新たに船同士が小突いた。なおも接触は続く。やがて風や帆とは関係なく,でたらめに船が動きはじめるのがわかった。

激しい水しぶきがあがる。先まで穏やかだった海ではありえないことだ。兵士の一人が叫んだ。

「大渦です!」

帝国が誇る大船団。海を埋めつくすほどの船の群れを,いくつもの大渦が飲みこもうと姿を現したのだ。離宮の業に違いない。すぐさま後方に控えていた魔法船団が詠唱をはじめる。光の筋が海に落ちたかと思うと,地響きのような轟音とともに波がおさまっていく。海底を隆起させ,渦の力を弱めたのだ。

態勢を立て直した船団は再び進む。離宮がどれほど水に守られていようと,帝国の敵ではない。ただ,泰然とした大樹の様子は,帝国を待ちかまえているようで不気味だった。

爆音。思わずそちらに目を奪われる。船のど真ん中を大木が貫いていた。さらに,先を進んでいた別の船もやられる。大穴のあいた船は沈むのみ。すぐさま救助命令が下る。と,そこへ向かう船もやられた。全ての船に停止命令が下る。わずか一瞬で五隻もの船がやられた。投げ出された船員はごま粒のように海面をただよっている。

大樹が海にはりめぐらせた根。それが近づく敵の船全てを海の藻屑にするのだ。これでは近づけない。たかが離宮,事前の調査ではまともな戦力も持っていないはずだった。だがここにきて,恐るべき防衛能力を持っていたことを帝国に見せつけていた。

とはいえその程度で引き下がる帝国ではない。再び魔法船団の術師たちが詠唱をはじめた。先ほどのように光の筋が海に落ちる。すると,あちこちから黒い塊が顔を出し,ずるずるとその身体をのばしていった。岩の巨人を召喚したのだ。それは次々と形をなし,巨大な両足で水をかきわけながら無機質な顔を大樹にのみ向けている。

水柱があちこちに上がる。巨人を葬ろうとする根だ。だが岩の身体に当たるそれらは無惨に弾けてゆく。木が岩を穿つことは容易ではないのだ。仮に貫いたとしても,痛みを感じない巨人たちは歩みを止めず,崩れるそばから新たな巨人が召喚される。

術師たちは既に船団よりもはるかに多い数の巨人を呼び出していた。彼らに離宮を蹂躙させ,無抵抗となったところで上陸しようというのだ。もはや大樹の守りは意味をなさない。帝国は船を海上に並べながら,勝利の報告を待った。



一人の戦士が浜辺に立ち,地面が揺れるのを感じていた。迫るのは一足で自分を踏みつぶせるほどの岩の巨人,その大群である。だが恐れは微塵もない。腰に下げた二本の剣を抜くと,空までも覆う黒い塊に向けて構えた。





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