015

沖に出る大きな船に別れを告げ,エッジたちと神官は宮殿へと戻った。戦えない子供たちとその親を避難させ,残っているのは離宮と運命をともにしようとする,頑なな意思を持った者だけだ。エッジは一人でも多く助けたいと思っていたが,その決意を変えることはできなかった。

「船長さん,みんな乗せてくれてよかったね」パオラが少しさびしそうに言う。「そうだね」とエッジは相槌をうった。前に船の人々をもてなしたのは,離宮まで連れてきてくれたことへの恩からだった。だが相手はそれを借りに思ったらしく,今回,離宮の人々を灰の王国まで送ることを引き受けてくれたのだ。

「また港に戻ってきたら,一杯やろうぜ」一人の船員が言ったのが思い出される。港,というのは灰の王国のことだろう。帰れたら,彼らだけでなく,テューマにも礼をしなければならない。ただそれが叶うかどうかはわからない。あの晩,エッジが見た帝国の船。この離宮を海の藻屑に消そうという熱気にはやる者達。それをひしひしと感じた。本気なのだ,とそのとき初めて思ったのだ。



宮殿は戦の前にも関わらず,水を打ったように静まりかえっていた。神官アレクとデクは,エッジたちを連れて地図のある一室へ案内する。

「姫様は喜んでおられます」「配達人様がこの宮をお守りいただけると」

「守りたいのはやまやまですが,その前に宮がどのような準備をしているのか聞かせていただけませんか」

そんなエッジの問いに,アレクが予想外の返事をする。「宮は備えなどいたしません。天命の赴くまま,その導きに従うまででございます」エッジは当然ながらあわてた。「それでは戦わずして下るということですか」

「配達人様」デクが口をはさむ。「姫様がお話ししたがっております」そうして耳を向けた。と,アレクの声が途端に低くなる。

『ヌシが蹴散らしてくれるのではないのか』そう言われたエッジは口をかむ。あれが魔物ならいくらでも蹴散らそう。だが。答えようとエッジはデクの耳に口を近づけ,逡巡する。「くすぐったいです」耳にかかる息にデクが思わず笑ってしまい,エッジは謝りながら顔を離した。そして一旦頭を整理してから話しはじめた。

「地上に上がった敵を全員相手にすることはできません。ですが,私は海には出られません。もし宮のほうで,船の上陸を遅らせることができれば,そこからであればいくらでも時間を稼げます」

『余に助力を求めるのか』間髪入れず寵姫がたずねた。「はい」『余を守るのではないのか』「守ります,この美しい離宮を。ですから,力をお貸しください。おねがいします」

そう言って頭を下げる。とはいえ,それが寵姫にうつるわけではない。「あの」ファランが手をあげた。「黒曜の脅威から帝国を救ったのはこの子です。今は配達ばっかしてますけど。でも,本当に強いんです。きっとここを守ってくれます。どうか,お力添えを」そうしてうやうやしくお辞儀をするファランに合わせ,パオラもくるっと回って礼をした。

やや沈黙の後,アレクの口を使って寵姫が意思を伝えた。『黒曜の脅威が何なのかは知らぬが,信用せよというなら信じよう。余はヌシらが今ここへ来たのも天の意思だと思っておる。ヌシの思うがままを述べてみよ。そして存分に暴れてみせるがよい』

寵姫がここに三人を連れてきた以上,はじめから何らかの助力をするつもりだったのだろう。先の問いは,三人の決意を確かめるためだったのかもしれない。話が済んだことを確認したアレクは,机に離宮の地図を広げて状況を説明しはじめた。





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