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雷神イヴンはその頃,エッジたちとは別の船室でファランと思い出話に興じていた。血ぬられた戦いの記憶。だがそれさえも懐しい。敵同士となった今となってはなおさらだ。
「あのチビ,なんていったっけか」「パオラですか」「ああ。そいつ,エッジをうまく飼い馴らしているみたいだな」「あの子は誰とでも仲良くなれるんですよ」
イヴンはパオラを抱くエッジの顔を思い出し,ふっと笑みを浮かべた。「あいつも変わったな」あいつ,とはエッジのことだろう。ファランもそれに合わせるように笑う。「ええ。ずいぶんと落ち着きました。たぶん,あの子はもともと大人しい性格ですから」イヴンがその言葉に驚く。「大人しい?あいつが?」その顔があまりに滑稽だったのか,ファランはつい笑ってしまった。
だがイヴンがそう思うのも無理はない。黒の眷属と戦うなかで,イヴンはエッジと出会った。その頃のエッジはひたすら戦いを求めていた。血と破壊。それを喜んでいるようにさえ見えた。目につく全ての敵を地の果てまで追いかけ根絶やしにする壮絶な姿は,どちらが闇の存在なのかわからなくなるほどだった。
『やつは大蛇のように全てを飲み込む。いずれ我らの脅威になるやもしれぬ』
以前,楔龍に言われたことが思い出される。あまりにも大きくなりすぎた力と裏腹に,エッジの心はあまりにも幼い。思い通りにならない事態に我を忘れ,その刃が自分たちに向けられれば,かつての戦いとは比べものにならない災厄となるだろう。
「そいつ,ええと,なんだったっけか」「パオラです」「この戦いを左右するのは,案外そのチビかもしれん」
戦い,と聞いたファランの顔が険しくなる。「イヴンさん,お話しできる範囲でかまいません。戦いの様子がどうなっているのか,教えていただけませんか」
「俺は何も知らん」イヴンは両手を頭の後ろで組んでふんぞりかえった。「イヴンさんが帝都を出るなんて,よほどのことがなければ」「本当に知らんのだ。俺はおかざりの英雄だ。何も聞かされていない。今までな。そうしたら急に離宮を潰せと命令が来た」
「それは,暴竜からのものですか」「…上からだ」
イヴンの返答に一瞬迷いがあったように聞こえた。雷神が表に出てくるということは,帝国がかなり追いつめられているということでもある。戦局を打開すべく離宮を攻めたのだろうが,ファランにとって,灰の王国たちを敵に回してまで離宮を攻めた目的がわからなかった。
「離宮の方々がひどいめにあわなければいいのですが。イヴンさん,帝国の方にお願いできませんか」ファランの問いにイヴンは無表情で黙っている。「陛下に会うなら直接頼めばいい。俺がどうこうできるもんじゃない。それより」
イヴンはファランに顔を近づけて小声でつぶやいた。「命の息吹が弱まっている。何か嫌な予感がする」ファランが小さくうなずく。「魔物が凶暴化していることと関係あるんでしょうか」「わからん。だが帝国が戦にかまけているうちに取り返しのつかないことになるかもしれん。俺が頼んでどうなるわけでもないが,頼む。お前たちの力で原因を見つけだしてほしい」
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