028

沖から幾筋もの煙がのぼるのが見えた。船内が急に慌しくなる。とまどうエッジとパオラを尻目に,寵姫はわずかに笑みを浮かべた。

戸の鍵が開けられる音とともに,兵士が外から大声で叫ぶ。「港が襲撃された!」

顔を見合わせる三人。迷っている時間はなかった。すぐに甲板へおどりでる。水平線の縁に広がる帝国の港。それがすでに黒い霧に覆われてしまっている。

「なんてことだ」近くの船員がつぶやく。まもなくファランとイヴンもやってきた。「敵襲か」すぐさま報告しようとする兵士,だがそれを手ではらいのけ,エッジの顔を見た。「闇の者なんだな」イヴンがそう問いかけ,エッジが無言でうなずく。

「俺一人では面倒だ。力を貸せ」「岸に着かないと戦えません」エッジの返答にイヴンが後ろを振り返って言う。「今すぐ港に向かえ!手遅れになるぞ」

だがその声は兵士や船員たちを動かさなかった。魔物を恐れるあまり,金縛りにあったように硬直している。業をにやしたイヴンは手の平に光を集めた。

「この船を港につけないなら,今ここで沈めてやる。くたばりたくなければ言うとおりにしろ」

それでも皆動かなかった。イヴンが船長ではないからだ。帝国の英雄とはいえ,客人の一人でしかない。そんな人物の脅迫に従うわけにはいかなかった。

「船が沈んだら困るのは私たちですよ」エッジがイヴンをいさめる。「根性なしどもが」イヴンが握る拳の光は七色に輝いたまま,行き場をなくしている。「このまま港が無くなってもいいのか」

「港がなくなったら,次に魔が向かうのは帝都じゃろうな」涼やかな声が響いた。寵姫だ。「皆の家族も暮らしておろうに,見捨てられるとは不憫じゃのう」

「帝国は弱き者を見捨てなどしない!」誰かが叫んだ。それに従うように,いくつもの威勢のよい声がとびかう。やがて胸にいくつもの勲章をぶらさげた者が現れて言った。「これから我が艦は敵を撃滅しに向かう。皆持ち場に戻れ」

その一声で兵士も船員も一斉に動きはじめた。あっという間に船に活気が戻る。エッジは寵姫を見た。目があった寵姫は口の端を上げたようにみえた。





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