039

怯えるパオラをファランが両手で抱く。寵姫だけが雷神の目を直視している。

「姫さんよ,あんたの狙いはなんだ?」「ねらいじゃと?」「あんたが二人を言いくるめてここまで連れてきたのはわかってるんだぜ」

「ふっ」寵姫は口の端を上げる。「余の意思ではない。この守り手の意思じゃ。配達人に会いたいと言うてな」

「そうなのか?」イヴンが顔を動かし,パオラの方を見て言う。パオラは顔をファランの胸に伏せたまま,わずかにうなずく。

「なぜだ?」

その声はパオラの耳元で発せられた。その頭を守っていたファランの片腕が持ち上げられ,すぐそばにイヴンがしゃがみこんでいる。

「待って,イヴンさん。やめてください」ファランが残った腕でパオラをかばう。「これ,余の前で乱暴は許さぬぞ」寵姫はそう言いながら,好奇に満ちた目でその様子をながめている。

「ご,ごめんなさい!」パオラが叫んだ。「だって,このままじゃ,エッジが…」語尾を濁すパオラにイヴンがたずねる。「エッジが,なんだ?」

「エッジがしんじゃうから!」

イヴンの眉間にしわが寄る。「死ぬ?あいつが?」ファランの顔を見上げる。「おい,どういうことだ。詳しく言え」

「その前に,手を離してください」ファランがイヴンを睨む。「おお,悪い」そう言ってイヴンが両手を開いておどける。だが握られていた手首には黒く焦げた跡が残った。



「はっはっは!なんだ,そんな心配してたのか!」つい先ほど見せたような笑顔でイヴンが笑う。パオラはきょとんとした顔でその様子をながめている。

「俺がそんなことさせるわけないだろ?」そう言って目が合うファランもうなずく。パオラが見上げて聞いた。「そうなの?」「ええ」ファランは優しく微笑む。するとパオラは寵姫の方に向き直った。「寵姫様,わたしをだましたんですか?」三人の視線が寵姫に向けられる。

先とはうってかわり,今度は寵姫が真顔で三人を見ている。だがすぐに,いつものような不敵な笑みを浮かべた。「余は思ったことを言ったまでじゃ。追いつめられた人間がどれほど醜くなるか知っておるからな」

そうしてイヴンを向く。「雷神よ,ここにおったのはなぜじゃ?何から逃げている?」見透かしたような寵姫の瞳。目をそらしたイヴンはぽりぽりと頭をかく。

「ま,隠しても無駄みたいだな」ひらきなおったようにイヴンが肩をすくめた。「上からの命令でな,灰の王国に行くことになった」





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