035
どこからともなく現れる無表情の人々。それが次々に果実を卓に乗せ,場は宴の様相を呈している。
「こんなにしていただかなくとも,聖王殿と楔龍様の仲が揺らぐことはありません」ポッドは丁重に断ろうとしたが,出されるままにザイモンやエーコが手をつけはじめてしまい,仕方なく自分も席につくことにした。
「ぼくからもお渡しするものがあります」そうして腰にくくったビンを取り出す。『ほう,霊水とは気が利くな』その言葉を合図に,ポッドの背後に立っていた地の民が音もたてずにそばに寄る。そしてそのビンを受け取ってフタを開け,聖王の光に近づけた。
『理の良い香りがする。ふむ。楔龍は何を焦っているのだ?』聖王はそのみやげから何かを感じとったのか,ポッドにたずねた。「楔龍様は聖王殿に挨拶するようぼくたちを寄越しました。他には何も」
ポッドの返事は歯切れが悪い。それでもビンの中身を浴びせられた聖王は心地良さを感じたのか,光の明滅がより穏やかになる。その芳しい香りはポッドたちにも伝わった。それは思わず嬉しくなるような,不思議な気分に満たされるものだった。
口に食べ物を詰め込むザイモンとエーコをよそに,ポッドは出された水で口を湿らせる程度で聖王の様子を伺っている。エーコは物怖じせず楔龍と聖王の関係をたずね,その受け答えをヌウが知っている情報で補った。聖王と楔龍は帝国ができるはるか前からの古い仲であるとか,互いに無茶をしたとか,あの厳かな雰囲気で佇む楔龍からは想像もつかない話がいくつも飛び出した。
そうした昔話は場の雰囲気を和ませるのに十分であったが,ただその間もポッドだけは気がかりがあるのか,うまく話に乗れずにいた。
『聖騎士よ,楔龍と会って何か気づいたことはあるか?』不意に聖王がたずねた。
ポッドはたずねるべきか一瞬ためらう。だが,後悔を断つべく口を開いた。
「聖王殿の仰るとおり,楔龍様は気分がすぐれません。何かご存知ですか。この戦いと何か関係があるのでしょうか」
皆の手が止まった。「ぼくは聖王殿が万が一にでも敗れるとは思っていません。ならばなぜぼくたち聖騎士の団をここに送ったのか。はじめは同盟を結ぶためだと思っていましたが,ここに来てその考えが変わりました」
『ほう,どう変わったのだ』「聖王殿の見立てをうかがうために送ったのだろうと」
ひたすら口を動かすザイモンをのぞき,皆がポッドに注目している。「近年,魔物が凶暴化しています。いずれ街道の通行にも支障をきたすようになるでしょう。ぼくたちはいま団結してこれにあたらなければならないのに,互いに争っている。なにか,いや,誰かのねらいがあるのか。聖王殿はどうお考えですか」
それまで規則的に明滅していた聖王の光が固まった。
『楔龍は何か言っていたか?』「いえ,何も」『ふむ』
状況の変化にようやくザイモンが食べるのをやめ,手を拭う。それが良い間となったのか,聖王が語りだした。
『お前の言うとおり,いずれ帝国は退くだろう。我らの民は討たれても生えてくる。帝国の兵は勇敢だが,我ら不屈の民には敵うまい。彼奴らが退けば,お前の言うとおり闇の者を向かえうつこともできようが』
「戦が行われているうちは魔物に対抗することはできませんね」『それだけではない』ポッドの言葉に対し聖王が語気を強めた。
『我らも傷ついている。火の民も血を流せ。そして帝国を絶やせ。仮にこの地から消え去ることになろうが構わぬ。さすれば協力しよう』
聖王に向かいあっていた四人の背筋に冷たいものが流れる。『まさかあの愚か者どもをあわれむことなどあるまいな?』聖王の心ない言葉にポッドは歯をかみしめる。
皆が注目している。ポッドはひとつ息をして整えた。「では力を合わせて帝国を打ち破りましょう。すべては魔物と戦うために」
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