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ここフレイドラントには諸国を巡るサーカスがあり,パオラはその一員だった。だがいつまでたっても背が伸びず,芸のおぼえも悪かったため,雑用として過ごす日々が続いた。ある日,帝都郊外をエッジとファランが通ったとき,テントの裏で仕事をするパオラと目があった。エッジは吸い寄せられるように近づくと,自然と言葉をかわしていた。そうして事情を聞き,膨大な金銭を支払ってパオラの身を引き受けることにしたのだ。そしてパオラはエッジとともに配達人の一人として世界を回った。パオラは久しく忘れていた本来の性格を取り戻し,各地の郵便屋にもその愛らしさで評判となった。
パオラが得意とするのは,踊りを通して精霊をよびこむ幻術である。天性の才能か,もしくはそれを見抜いたファランの教えが上手だったのか,それとも精霊に好かれているからなのか定かではない。ただ,いまやわずかなステップで自在に術を操れる,幻術の達人になっていた。なかでも雲隠れの術はエッジたちにとって欠かせないものだった。帝都で兵から姿を隠すときに使用したのもそれである。雲隠れの術を用いると,パオラが息を止めている間,手をつないでいる者ごと姿が消える。厄介な魔物が道を塞いでいても素通りできるので,エッジたちは他の配達人では不可能なほどの速さで街から街へ移動することができた。
いま南へ向かって街道を進んでいるときも,パオラの術が活躍し,敵の群れをするするとやり過ごす。けれどもその群れを後ろに見ながら,エッジは魔物が凶暴化しつつあるという予感を抱いていた。これまで街道に現れる魔物は,小鬼といった比較的与しやすい相手であって,黒獅子や半鬼人などの危険な相手は森の奥や洞窟にしか出現しなかった。だが最近はそれが街道にちらほらと姿を見せている。凶悪な魔物が道を塞ぐということは,商人が行き来できなくなるということだ。そうなれば,フレイドラント全体が貧しくなってしまう。今はエッジに魔物狩りを進んでやる時間はない。ただし,いずれは大がかりな討伐を行わなくてはならないだろう。そのときは自分たちだけでは手が足りなくなる。それなのに,帝国はそんなことお構いなしといったようすで離宮しか見ていない。それがエッジには不満だった。
「よおエッジ! 元気そうだな」
四日の道のりを経て灰の王国に着くと,エッジは宿で手荒い歓迎を受けた。入るなりもみくちゃにされ,昼間にもかかわらず酒臭い息に思わず頭がくらくらする。
「テューマさん…ごぶさたしてます…」気のない返事に,冒険者テューマは丸太のような腕でエッジの髪をわしわしとかきむしって,大笑いした。ファランは,いつものこと,と慣れたように二人を無視し,テューマのお目付け役であるヤンサに挨拶をする。ヤンサは軽く手をあげてそれに応えた。
「坊主も飯食ってるか?俺みたいに食わないといつまでもチビのままだぞ」テューマはエッジの首に腕を回したままパオラに話しかける。「チビでも坊主でもないもん!」パオラはいったん顔をふくらせ,すぐに満面の笑みになった。笑顔がみんなを幸せにする,そうパオラに教えたのはテューマだ。それだけじゃない。灰の王国近くの森でくすぶっていたエッジを,配達を通じて世界を見るように誘ったのもテューマなのだ。この豪快な冒険者には人をひきつける不思議な魅力があり,その周りにはいつも酒と笑顔が絶えない。
ようやく解放されたエッジは,二人に宿で先に休むよう伝えると,近くにある郵便屋へと向かった。
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