048

掃き清められた皇宮の道とは別に,エッジたち一行は秘書に連れられ草の茂る小道を進んでゆく。やがて水辺に渡した板の上を歩く。

「足元にご注意を」踏むと板が沈み,水が染みる。なんらかのコツがあるのか秘書はすいすいと渡ってゆくが,エッジはつい水しぶきをたててしまう。はねるようにパオラは進み,ファランと寵姫は水がはねないようゆっくりと続いた。

「あと幾月もすれば,夜に蒼蛍が見られますよ」その光景を思い浮かべたのか,秘書は心なしか嬉しそうに言った。寵姫もその言葉から昔を思い出したのか,「蒼蛍とはなつかしいのう」とつぶやく。

「ご覧になったことがあるんですか」エッジがたずねた。「いや,陛下の使いがな。陛下のお気に入りだと言うてな」草の合間からのぞく水面をながめ,寵姫は言う。「いずれ見てみたいものじゃ」



古びた板の戸を開けると,途端に景色が変わる。白い壁を太陽の光が照り返し,そのまぶしさに目がくらんだ。「城内では静粛にお願いいたします」

そう秘書が言い,先導する。エッジら三人は,城内,という言葉にやや緊張したが,ただ一人寵姫だけはくすくすと笑っていた。

小さな格子を抜け,中に入った途端,パオラが思わず大声を出した。「わぁ!」あわてて両手で口をふさぐ。その滑稽な様子に秘書も微笑む。

天井はどこまでも突きぬけるほど青く,自分たちが建物のなかにあることを忘れさせる。星空をうつしたであろうそれは,青空に埋め込まれた極上の宝石たち。壁は街並みを彷彿とさせる細かな装飾が施され,職人の技術が結晶となって表れている。夢の世界といってしまえば単純だが,海と調和する離宮とは異なる趣をもった,極上の美が展開されていた。

エッジは足を踏み出すたびに震えた。こんな芸術の塊のような場所を土足で歩いていることに後ろめたさをおぼえた。余計な心配をさせないよう平静をつとめてはいるが,万が一,皇宮全体にこれほどの贅沢な意匠が施されていたら。

その不安は現実となった。

陽の差し込むテラスに案内されると,クリーム色の磨かれた床が飛び込んでくる。大亀が悠久の刻を経て形成する玉石を,そのまま削って床としているのだ。わずか指先ほどの大きさでも家が建つといわれる希少な素材,これだけの大きさにするにはどれだけの時間がかかるだろう,それを踏むことになるなんて。

テラスからは帝都が一望できる。朱色の屋根が整然と並び,帝国の威光が隅々まで行き渡っていることが伝わってくる。一脚のテーブルだけが置かれている。数名の給仕が並んで立ち,エッジたちは促されるまま席についた。

向かいの席が空いている。本当に自分は陛下と会うのだ。貴人との関わりがないエッジだけがもじもじと肩を揺らし,落ち着かない。やわらかな革張りの椅子も,普段は硬い木の席に慣れたエッジに違和感をもたらす。

すると,空席の隣に立っていた秘書が上着を脱いだ。何事かわからずあぜんとするエッジ。それを尻目に,給仕が持っていた純白の衣装をまとうと,席に着いて微笑む。

「ようこそ,水の主方。わたしが皇帝・音ノ眼皇 (おとのめこう) ヅェムネルだ」





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