044
帝国が誇る双璧,二人の風神バズとズズをもってしても,大地の巣を未だ打ち破れずにいた。伐ったそばから生える深い木々。火をつけても燃え広がることはなく,容易に消えてしまう。そしてそこから無尽蔵に現れる地の民。無謀な突撃はいたずらに兵を消耗するだけだ。
抜本的な変化がないかぎり,戦うだけ無駄である。帝都から戦主ナアハの檄文が毎日のように送られてくるものの,もとより戦に興味のない二人は,前線の指揮官に任せるまま,無為に日々を過ごしていた。そんな様子を兵士たちは,臆病風に吹かれた,と陰でののしっていたが,当の二人はそんな瑣末なことは気にせず,営舎でボードゲームに興じている。
いっこうに打って出る様子がないにも関わらず,風神たちに直接口を出す者はいなかった。ゲームの駒は戦場で回収した死者の骨であり,それを平然と遊具にする二人に狂気をおぼえていたためである。救いなのは,その駒になんら加工がされていないことだろうか。もしルールにあわせて駒の形に変えようものなら,いくら風神といえど許されなかっただろう。
この日の朝も食事を終え,二人はこの地に来て623戦目の試合を行っていた。すると86手目で,突然バズの手が止まった。さほど難しい局面でないにもかかわらず,無言で考えこんでいる。そんなバズの様子に,それまで盤面を眺めていたズズは顔を上げて促す。
「おまんの番や」
「…のう,ズズよう」駒を見つめたまま,訛りのきつい声でバズが言う。「あ?」「おまい,不思議と思わんや?」
バズが自分に問いかけるとは珍しい。ズズは机の上に投げ出していた足を下ろし,身体を乗り出す。「なんや」
「おまいよか俺のほうが背丈もある。腕も長か。ばってん,こん駒は瓜二つ。どぎゃんわけじゃ?」そう言ってバズが駒をつまんで見せてくる。ズズは机の上に身体をのばし,目をこらして見比べた。
骨はその持ち主の人生によって千差万別に変わる。けれどもバズが見せる二つのそれは,まるで職人がその形にしたかのように,そしてバズが言葉にしたように,全く同じ形をしていた。
「知れたこったい。そん二人は双子たい」何かと思えばそんなことか,とズズが背もたれに身体をあずける。だがバズは地鳴りのようなうなり声で考え,納得できずにいた。
「おまんの番やぞ」しびれをきらしたズズがかかとで机を叩いた。バズが空気を吸い込む。とっさにズズが耳を塞いだ。
どぉん!
乾いた音が轟音となって営舎を襲った。風が巻き起こり,テントが吹き飛ばされる。兵士たちは騒然とし,何が起こったのかわからず混乱した。
しばらくして風神のもとに,参謀とおぼしき者たちがやってきた。「閣下,何事ですか」
ズズがあぐらのうえに肩肘をつき,不満そうな顔で彼らを見ている。服が裂け,あられもない姿に思わず参謀たちは顔をそらす。
「バズが何か言いたいらしいから聞いといて。あと替えの服」ズズが流暢にそう言うと,一人が敬礼をしてすぐにその場を去る。残った者はすぐさま帝国秘伝の風神語録を取り出し,冷や汗を流しながら,バズが何を言いたいのか解読,もとい聞き取りを行った。
(c) 2018 jamcha (jamcha.aa@gmail.com).