029

血気盛んだった者たちも,霧が濃くなるにつれ言葉が少なくなる。イヴンは頻繁に咳込み,首をなでまわしている。

「後ろの船に避難したらどうですか」エッジが声をかけた。「俺の辞書に退却の文字はない」そううそぶくイヴンであったが,その声はガラガラだ。「これが敵の城だったら遠くから木っ端微塵にしてやるんだが」

「先に余の宮にしたようにか?」寵姫が口を挟む。イヴンはその気に乗った。「あんなのは序の口よ。こいつがいなかったらな,全部砂粒にしていたところだ」「二人ともやめてください」ファランがたまらずに言った。互いに喉まで出かかった言葉をひっこめる。

少しの沈黙の後,イヴンがエッジに向かってぽつりとつぶやいた。「いつか本気のお前と勝負したかった」

エッジは腰に下げた剣の冷たさを指で感じながら何も答えなかった。



港の岸が見えてきた。霧は空を覆うようにして光をさえぎり,真夜中のような暗闇である。明かりを持った兵士がイヴンと言葉をかわし,驚いた顔をしている。

「エッジ」イヴンに呼ばれたエッジがパオラを連れて会話に入る。「親玉の目星はつくか」「降りてみないとわかりません」「俺は壊さずに戦うのは苦手だ。ここはお前に任せる。いいか」「はい」

「ちょっと待ってください」兵士が言う。「敵を野放しにするんですか」「私は帝国の配達人です」「貴様には聞いていない!」イヴンに対するものとは別人のような強い口調だった。エッジの心に棘が刺さる。イヴンがその肩に手を置き,兵士に向かって言う。「船長に聞いてこい。全滅するか,陛下の港を放棄するか,取り戻すかをな」

しばらくしてエッジだけが艦長に呼ばれ,船の一室に入った。胸に勲章をぶらさげた人物が,壁にかけられた地図をながめながら立っている。

「まあ座りたまえ」そう促すのをエッジが断る。「一刻の猶予もありませんので」「まるであれを知っているような口ぶりだな」「知っています。長いこと戦ってきましたから」「雷神とともにか」「はい」

艦長はひとつ咳払いをし,やや沈黙があってから言った。「なぜ君は離宮にいたのかね」

配達の仕事があったからだ。それは事実だ。だが真実ではない。言い逃れをしようとしてもおそらく無駄だろう。彼らは離宮に激しい憎悪を抱いている。

先の兵士が放った怒号が思い出される。エッジは一旦歯をくいしばり,気持ちを落ち着けてから答えた。「私たちの敵は人間ではなく魔物です」「やつらが魔物ではないと?」

めまいがし,目がわずかに潤んだ。「魔物はいま港を襲っているじゃないですか」「離宮のやつらが召喚したのかもしれん」「あの人たちにそんな力はない」「なぜわかる」「あなたは離宮を訪れたことがないんですか。海の恵みに日々感謝して,それだけで心が満たされている,親切で優しい人たちばかりなんですよ」

「私は君と議論するつもりはない」艦長は訴えを一蹴した。「今私たちに必要なのは,命令を忠実に守り,港を奪還できる力のある者だ。君にその力があるとしても,いくら雷神が君を買っているからといって,帝国の敵を自由の身にするわけにはいかないのだよ」

エッジは艦長をにらみ返して言った。「ではあなたたちご自慢の戦力で取り返せばいい。あの霧のなかで戦うことは無理でしょうけど」「君ならできるというのか?」エッジは無言でうなずいた。

艦長はエッジに背を向け,しばらく考える素振りをした。やがて振り返ると,何かを思いついたかのように目を開いて言った。

「ではこうしよう。君はあの敵を排除したいと思っている。我々も同じだ。だが君たちを自由にさせることはできない。そこでだ。君の連れの者たちを我々の保護下におく。君があの敵を倒して戻ってきたらまた会わせてあげよう。どうだね」





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