007

巨大な船が静かな海を進んでいる。やがて深い霧を抜けると,突き抜ける青空,そして天までそびえる大樹が視界にとびこんできた。空を覆うように茂る緑の葉には雲がかかり,鳥の群れが霞んでみえる。その根元には石造りの色鮮やかな建物が並び,大樹から糸を引くようにこぼれる水が風景を彩っていた。ここがエッジたち配達人の目的地,水の離宮である。

『陸路ならここから二週間かかる。けれども南の港から船にのれば七日で着く』エッジが灰の王国の宿屋で決意を述べたとき,テューマの目付け役,ヤンサがそう言った。この時期,フレイドラントの南西に広がる海には,南から北へ強い季節風が吹いている。灰の王国から港へは二日かかるが,そこから船を出せば陸路を進むよりはるかに早く離宮に着くことができるのだ。エッジの意気に応じたテューマはすぐに仲間に伝えて船を手配し,三人はそれに飛び乗ったのだった。

入江を通り,大樹の根でできた洞穴をくぐると,小舟の並ぶ港がある。桟橋には人々がたむろして,不安な様子で自分たちをながめていた。だが,その船が敵ではないことがわかると,ほっとしたようだった。

船をつけて三人がおりたつと,カバンの汚れをはらうエッジの前に,薄い衣をまとった神官が出て言った。「配達人様,この宮は謀反人の地。どうか,お引き取りを」そうして深々と頭を下げる。だがその言葉を気にしないかのようにエッジは言った。「そうですか。私は手紙を届けることが仕事ですから,失礼します」

動じない様子に声があがる。全員が見つめるなかを,エッジはパオラの手を引いて進んだ。根を利用してできた狭い階段を昇ってゆく。道の脇にうつろな目でこちらを見送る人々の姿がある。自分たちと同じように手をつなぐ親子の姿もあった。



郵便屋の外には人々がたむろして,奇特な配達人の様子を見守っている。いつ火ぶたがきられるともかぎらない,そんな騒動の中心にとびこんできたエッジに,受付もあきれた様子だった。とはいえ,そのカバンから手紙が取り出されるたび,陸からの便りを半ばあきらめていた人々は大喜びだった。まだ自分たちは見捨てられたわけではない,そう感じられたからだ。

そうだ。この顔。エッジは平静を装いながら,嬉しさを抑えきれなかった。その様子を受付がニヤニヤしながらからかう。

「次はどこへ?」そう問う受付の背後には山のように手紙が積まれている。「まだ決めていません」

奇妙なことだった。今まで,やってきたと思ったら休む間もなくその足で次の場所へ向かっていたからだ。つづけて「宮の方たちにお会いすることはできますか」とエッジがたずねる。受付は怪訝な表情だ。

「降伏勧告ならおことわりだよ」降伏,という言葉に外の人々もざわつく。ここに来たのはそのためか?誰もが思った。

「いえ,せっかくここまで来たので,寵姫様にご挨拶をと思いまして」またしても普段と違う態度だった。何の思惑があるのかはわからない。だがそれで追い返すほど離宮は狭量ではない。受付は座り直し,自分に課せられた義務を果たすことにした。

「あたしらの宮は日の出から日没まで,身分も生まれも関係ない,誰にでも開かれているよ」それは離宮が人々と近いものであることを示す決まり文句だった。





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