052

それまでの緊張が消しとぶような明るい声が舞った。誰もが笑っている。給仕までも。一人をのぞいて。

「いやはや,この身になってからこんなに笑ったのははじめてだ」あまりに面白かったのか,音ノ眼皇は目に涙まで浮かべている。エッジだけは何がおかしいのかわからず,「はは…」と愛想笑いをしている。

「皇帝と友になろうとは命知らずも良いところだ」そう言って音ノ眼皇は笑顔を浮かべながら,「よもやこれを使うことは二度とないと思っていたが」と腰から小袋を取り出す。清潔感あふれる帝衣とは対照的に,その布は煤け,ところどころほつれている。袋の口を開くと,二つの指輪が現れた。なんの装飾もなく,ただ鈍く光るのみである。

音ノ眼皇はそれを一つつまみ,エッジに見せて言った。「これはわたしと友を結びつける絆の証。その資格があれば指におさまるが,わたしを欺こうとする気持ちがわずかでもあれば,その身砕け,一族はおろかそれと親しき者ともども永遠の責め苦を負うことになる」

パオラとファランの顔が青ざめる。「どうだ?」帝国の主は,エッジの視線を逃さぬような気迫で問う。エッジは手の平を差し出し,その指輪を受け取ってまじまじと見た。「これを身につければ,私は陛下とおともだちになれるんですか?」「そうだ」

するとエッジはなんのためらいもなく,それを左の薬指にはめた。「あっ,だめ」パオラが腕を引く。「えっ?」何事かとエッジ。指輪はわずかの隙間もなく指におさまった。「だめだって,その指は」パオラが手をつかみ,指輪を引きはがそうとする。「パオラ,何か知ってるの?」「ちがうの。だめ。外して」パオラは必死に指を引っぱる。けれども,指輪はまるで身体の一部のように緩みもしない。

「パオラ,痛いよ」エッジが止めるよう言ってもきかず,爪をたてる。何度もこすられた指輪が磨かれ,金色の光を帯びてゆく。「パオラ,落ち着いて。陛下の御前ですよ」ファランも席をたってその身体を抱く。「だめ,だめだよ」

あっけにとられたように三人の様子をながめる音ノ眼皇。目があった寵姫は肩をすくめた。

なおもパオラは指輪を外そうとしている。「だめ」涙がこぼれている。それを見たエッジの表情が変わった。給仕たちが慌て,対処しようと動き出すのを,寵姫が手で制す。

「パオラ」エッジはファランの腕からパオラを奪うようにし,きつく抱きしめた。そうしてパオラの耳に口を寄せ,軽く耳たぶをかんでひそひそと何かをささやく。するとピタリと動きが止まった。頬を染め,顔を上げる。エッジと目があう。「パオラは一番よりも上だから」「一番より?」「そうそう。ずぅーっと上。だから安心して。私の中はずっとパオラでいっぱいだから。ずっとね」「ずっと…」

パオラはたまらずエッジにしがみついた。



ようやく落ち着いたパオラは鼻をすすり,顔をぬぐう。「陛下,ごめんなさい。わたし,陛下の前でみっともないことを」そうして三人が深々と頭を下げる。

音ノ眼皇は微笑んで首を横に振った。「よい。原因はわたしのせいだ。ありもしない呪いでからかってな」そう言って音ノ眼皇も左の薬指に指輪をはめ,手を動かして何のしかけもないことを知らせる。「え?嘘だったんですか?」ファランが驚いた顔で聞く。

「わたしは人を驚かせるのが好きな性分でな。友に免じて許してはくれまいか」友,という言葉にエッジが硬直する。「は,はい!」皇帝の友。その甘美な響きが現実となり,顔が勝手にひきつってしまう。



絆の指輪はかつて三つあった。だが,太古の昔に一つ喪失し,以降,久しく用いられなかった。音ノ眼皇の言った呪いが真実かどうかは,エッジの身に何事もない以上確かめようがない。ただ,エッジと音ノ眼皇のはめた指輪はあたたかく,太陽のような輝きを放っていた。





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