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うまい飯というのは豊かな生活を送るうえで重要な要素のひとつだが,それよりも重要なのはまず食えるかどうかということである。というのも,荷車をこっぱみじんにされたアルジとケライは何も持たずに凍える大地に立っているからだ。土地の都合上,太陽が完全に沈むことはないものの,その寒さは食料も風をさえぎるものも持たない二人の命を2日とかからずに奪い去るであろう。

唯一の希望は雪山から放たれた信号弾であり,それ以外のありとあらゆるものが絶望なので,まあ絶望だが,ちょっと絶望ではないのは二人が多少の知性を伴う人間だということである。アルジは服の裏にしまっていた試験管のようなものを取り出し,強く振った。この中には刺激で発光するバクテリアが入っており,簡易な照明として使用できる。その特殊な青色は遠くから見れば人のものであるとわかるので,仮に信号弾を放った調査隊に目があれば,生存者がいるとわかるだろう。というかお願いだから気付いて。

まあそんな便利なものがあるならさっさと使っていればよかったのだが,さっきの凶悪な生物兵器がいるところでこちらの所在を知らせるほど愚かではない。アルジがそれを使ったのも,はるか後方のクレーターから光の筋が天までのびて消えたからで,

「敵性反応,消滅を確認しました」

と先方が判断したかどうか定かではないが,とにかく危険が去ったのを把握したためである。いや,危険は去っていないどころか危険に満ちているわけだが。

読者は「そうはいってもなんだかんだいって助かるんだろう?」とたかをくくっているかもしれないが,この世界は殺したいときに殺す。アルジが主人公となっているのも基本的には偶然で,いつ用済みになってもおかしくない。かつて北の大陸を閉ざした血の嵐も,そうした身勝手,もしくはなんらかの複雑かつシンプルな都合によって起きた大災害である。複雑というのは経済的な何かとか戦略的な何かとかそういった事件の背景となる不満の蓄積にあたるもので,シンプルというのは「単に気にくわなかったから」とか「どうでもよくなったから」といった事件の引き金となる多分に衝動的なものである。血の嵐はその名のとおりの悲惨なものなのであまり語りたくはないのだが,人災ということが薄々理解されたと思う。

そんな無駄話をしているあいだも二人は凍った大地を進んでいた。アルジにとって幸いなのは,寒さを軽減するためにケライと肩を寄せあって,


肩を寄せあって!


歩けていることである。当然ながらケライは接触を拒んだが,例の「表面積を大きくすれば体積は云々なので熱の放出を防げる」とかいう話で説得した。ケライは論理が通っていれば納得してくれる人物だということをアルジはこのとき学んだ。とはいえ現実にはこの地で寄せあっていようが二人程度では大して変わらないので,うまく丸めこんだということになる。ただアルジにとって心苦しかったのは,ケライの三つ編みがパリパリになってしまっていたことだった。本人も気にしていることだろう。

そして助けが来ることはなく,二人は凍えて力尽きた。

とはならず,地平の彼方から獣が駆けてくるのが見えた。事態はもっと悪いではないか。



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