007
「ということは君達がその後発隊とやらか。ボクはそんなものを頼んだ覚えはないけれども」
読者の関知しないところで勝手に話は進んでいるが,それは読み飛ばしたわけではない。ラウンジで受付らしき人物と談笑していた相手をアルジはオヤブンと認め,挨拶をしたのだ。それから先の会話文に至るまでの挙動不審たるや,恥ずかしくて見ていられなかったので断ち切ったのである。もともとアルジは「ちゃんとした」人と話した経験などほとんどなかったので,これまでそれなりにまともな対話,もしくは人間が互いに言葉を交わす行為,ができているのが不思議なほどだった。
「ここに向かった調査隊からの連絡がなかったので,本部はなんらかの危機が迫っているのでは,ということで私たちを寄越したのではと思ったのですが」
「それ本部から聞いたの?」「いえ,単なる推測です」「そうだよね。本部がキミみたいなのを直接送るとは思えないし」
こんな取り調べのような状況が続いているのだ。アルジはこの部屋はあたたかいですね,というわざとらしい言い訳をしながら,耳の上や額から垂れそうな汗をぬぐった。
「ところで他の人はどうしたの?どこかに避難してるとか」「いいえ,私たちだけです。私だけ準備に手間取ってしまったので」「そうなの?他の人に会ったことは?」「残念ですがありません。直接来るよう通知があっただけなので」「それほんと?ほんとに身分証とかそういうの持ってないの?」
オヤブンは姿勢を変えると,ウーン,とうなった。不信のあらわれだ。「そりゃあボクらも調査に忙しいから手助けが多いに越したことはないけどさ,そっちの子はともかくキミがどんなことができるのかもわからないし」
「ケライのほうはともかく,とはどういうことですか」「学位持ってるでしょ。胸にバッジをつけてる」
気付かなかった。そうなの?とケライに聞くと,はいとだけ答える。
なんというインテリか。そんな傑物がなぜはした金で雇われるような状況にあったのか。だがどうして学位を持っていたことを今まで隠していたのかは聞かなかった。隠してなどいないし,今まで聞いていなかったからだ。
少し考えてからアルジは言った。
「では,ケライは雇っていただけるということですか」「まあ,ねぇ」オヤブンが受付のほうをちらりと見ると,相手は頷く。先のシッショの言葉から察するに,この受付がおそらくショムと呼ばれる人物だろう。
「では」そう言ってアルジは深々と頭を下げた。「オヤブンさん,ケライのことをよろしくお願いします」
オヤブンとショムが顔を見合わせる。「どういうこと?」「はい。実力不足の私がここにいても皆様の足を引っ張るだけになりますので,南へ帰ります。貴重なお時間をとらせてしまい申し訳ありませんでした」アルジは頭を下げたまま答えた。当然ながら,どうやって帰るのかとか,あてはあるのか等の質問があったが,もし私が生きて帰れなければ,後発隊は到着前に敵の襲撃で全滅したとお伝えください,と無茶なことを言った。無茶苦茶すぎてあきれかえるほどである。相手を嫌な気持ちにしかさせない悪手のなかの悪手であった。
あのバケモノがいつ襲ってくるかもわからない状況で再び南へ向かうのはあまりにも無謀だったし,今度こそ自分の命は尽きるとアルジはわかっていた。だが,それもやむなしと考えていた。というか,連絡もよこさない怠慢をさらして各所に余計な手間をかけさせておきながらそれを反省することもなくしかもわざわざ応じてやったうえに命からがらやってきた助けに対してただ身分が明らかでないから信用できないという理由で過酷な土地に追い出すことも辞さないような態度で脅してくるこのケツの穴の小さいクソ野郎の取り調べにも似た茶番につきあうのにウンザリしたのだ,という表情がさとられないように頑なに頭を上げなかった。それだけでなく,こんな器の小ささがノミの額にも劣るようなクソ野郎の下で身分のないアルジが過ごそうものなら人員の少ないこの状況だからどんな雑用でこき使われるかわからずそんな扱いを受けるのは絶対に避けたかったのだ。
心の内でそんな悪態をしこたまつき,ようやく整理をつけるとアルジは顔を上げ,すっきりした表情でケライに言った。「それじゃあ私は帰って助けを呼んでくるから,ケライは南方の安全が確保されるまでここで調査に携わるといい」
「いやです」
どこかで見たような光景だった。「どうして」「私の仕事はアルジさんを守ることですから」それを聞いたショムは手で口元を抑えるとくすくすと笑ってしまった。ケライからすれば契約を優先しているだけなのだが,それが奇跡的に,いや,アルジの歪んだ瞳を通すと,強い信頼で結ばれた二人のようにみえたのだ。険しい顔だったオヤブンもふいにほころんでしまう。
「かわった二人だな。ショムさんはどう思う」
「ええ。面白い方達ですね。よろしいんじゃないでしょうか。」
それを聞いたオヤブンは膝を手で叩いて言った。「よし,キミ達を今日から調査隊の一員として認めよう!ようこそ,わが調査隊へ」それに応じるようにショムも「ようこそ調査隊の里へ。アルジさん,ケライさん」とお辞儀をした。
アルジはそれを聞いて感謝の言葉とともに再び頭を下げ,何度もお礼を言った。ケライもアルジに急かされ「ありがとうございます」と言った。そしてオヤブンは満足気だったが,てめえの満足のためにどれだけこっちが迷惑したと思ってんだよ,おまえは大きな仕事したと思ってるかもしれないが何もしてないからな,という様子をさとられないようアルジは頭を下げたまま思った。
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