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クビワが酔っ払ったかのようにふらふらするのを支えながら,シッショは蒸気を吹き出す岩の群れに目を凝らす。こっちに既に気づいているのだろうか。もしくは早く縄張りから出ていけと威嚇しているのだろうか。

「俺が釣り出す。お前らが急所を狙え。いいな」「待って。戦うの?」「ああ。あいつが俺たちの進路を塞いでいるからな」

進路?相手に攻撃の意思がなければ,迂回して先を目指せるはずだが。シッショにはマッパの狙いはわからなかったが,クビワを揺すって起こした。「クビワ。敵だ。準備して」

「おう」寝ぼけたような声でクビワが手を前に突き出す。シッショはクビワの腰につけた籠手を外し,持たせてやった。

本当に大丈夫かとマッパは心配したが,杞憂だった。籠手を持ったクビワの目にみるみる生気が宿ってゆく。

「クビワ。あの煙を出してる正面の岩が敵だ。マッパさんが仕掛けるから,横から行こう」「おう」クビワはさっきと同じ言葉で応えた。だが先ほどとは比較にならないほどの殺気を帯びている。


マッパが走った。岩ごと地面が盛りあがり,敵が姿を現す。それはクビワたちが湿地で倒した泥盤獣タルポラに酷似していた。違いはただひとつ。光を反射する,きらめく物質で全身を覆っている。泥盤獣にあったような柔らかい皮膚など全くない。それは身体から析出したものかもしれないが,明らかなのは,はるかに硬いということだ。

急所を狙え,なんてマッパは気軽に言ってくれたが,そんなものこいつにはないではないか。それでも槍を構え,シッショは駆け出した。クビワも合わせる。

敵は泥盤獣と同様に背中をこちらに向け,突進してきた。はるかに速い。ここがぬかるんだ湿地じゃないからだ。マッパがすんでのところで回避し,回り込んだクビワが拳を打ち込む。と,クビワの腕がゴムのようにしなった。弾かれたのだ。シッショからは敵の腹が見える。わずかな隙間も覆う鎧。クビワ,やめろ。殴るだけ無駄だ。籠手が欠けるだけだ。

相手は自身の防御が完璧であるのをいいことに,マッパとクビワをひたすら追う。あれほどデコボコだった地面が,度重なる突進でならされ,平らになってゆく。二人とも華麗に回避しつづける。だが,少しでもひっかかれば,ブルドーザーのような身体にひきずりこまれ,肉塊になる。かたや,片手の不自由なシッショは思うように攻撃の機会が得られない。

危ないのはクビワだ。隙に攻撃し,弾かれる一瞬,無防備になる。そこを狙われたらおしまいだ。なんとかできるのは僕だけだ。


ああ,こんなこと,以前にもあった。アルジとともに裂掌獣と戦ったとき。僕が裂掌獣の注意を引いて,アルジに会心の攻撃を与えた。あのときのアルジが,今の僕だ。

僕が。


シッショは姿勢を限界まで低くし,地面を蹴った。敵の注意はマッパとクビワに向いている。

ここだ。相手の死角に飛び込み,そこから一気に槍を突き出した。

その矛先は後ろ足の関節に命中した。曲げるため鎧が薄い,唯一の弱点だ。

槍の先端がすぼみ,噴射機構が作動した。それまでのバネの伸縮では不可能なほどのすさまじい爆発力で,両脇の刃が閉じる。高い金属音とともに先端がはじけとぶ。硬い。だが無敵の鎧にも綻びが生じた。間違いない。皮膚まで達した。

「クビワ!」言うがはやいか,シッショの背後から影が飛びだす。空気とこすれて火花が散るようだ。その影,いや,影をも留めぬ最強の戦士は,失われた鎧からのぞく本体を抉った。



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