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「まずいな,百冊近くあるぞ」

ボッチは予想外の事態に困惑した。

ケライはルールは守る。本を借りたら貸し出し記録を書庫に残す。だが過去の記録はびっしりとケライが埋めつくしており,問題の日だけでもずらりと書名が記されていたのだった。分類記号にも一貫性はない。一冊一冊,この広大な書庫から探し出さなければならないのだ。なんでこんな大規模なもんにしやがった。まあ施設が充実しているのは喜ぶべきものではあるけれども。たとえば温泉が出る場所に里を作ろうと言ったのは誰かわからないが,シッショもボッチも本当に助かっているのだ。

「とりあえず後ろの方から探そう」

ケライやアルジは書庫に入り浸っているから,どの本がどのあたりにあるのか大体目星はつくだろう。それだけでも大幅な時間短縮になる。だが二人ともここにはいない。

一冊ずつ本を探し,全ページに透かしがあるのを確かめる。この書庫にある本は写本であり,百科事典であっても竜人の紋章は必ず入っている。それは情報の改ざんを防ぐ役割も担っている。

なぜ透かしのない紙の在処でなく本を探しているのだろうか。まず,書庫のテーブルで本を写していたのなら,その紙はふつう書庫の入口にある用紙入れから得たはずである。それらにも透かしは入っている。もしケライがスパイでなく,そしてケライを陥れようとする者がいないのであれば,本が置かれていた場所の近くで筆記に便利な白紙を見つけ,それを利用したと推測される。いわば,図書館の本に書き込みをするような,もしくは好みのページを切り取るような,卑劣で許されざる行為である。

仮に今探している全ての本で,付近にそうした紙が見つからなかったら。他の二つの可能性,すなわち,ケライがスパイか,もしくはケライを隠れ蓑にして暗躍する者がいることになる。その場合,シッショはこの件につきっきりだから,今やスパイにとってはやりたい放題だろう。だがそんな可能性をシッショは考えていない。微塵も考えていない。考えたくない。もうそんな,仲間を疑うなんてこりごりだ。やるなら勝手にやればいい。知ったことではない。自分はやるべきことをやっているだけだ。再びケライを拘束すると伝えたときのケライの怯えた目。それはケライが初めてシッショに見せた,おそらく感情,を伴った表情だった。これだけ長く関わって,初めて自分に見せた表情が笑顔でなく恐怖だと?

ふざけるな!

思わずシッショは本を叩きつけ,ボッチをびっくりさせてしまった。シッショは「ごめん」と言いながらも,みんなこんなに何かを溜め込んでいるものなのだろうかと疑問にも思った。

「つらいことあるなら,言えよ。他に誰もいないし」

ページをめくりながらふいにボッチが呟いた。その言葉にシッショの手が止まる。

しばらくの沈黙があった。

「ボッチは好かれる上司になるだろうな」「はあ?」

「ヤキモチさえなければね」シッショはそう言って意地悪そうな笑顔を見せた。

はぁー,とボッチは大きなため息をつく。

「何だよ。もう心配してやらないからな」ボッチも笑った。



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