017

翌日,アルジはケライに呼び出された。浮かれた気分でラウンジに向かうと,ケライは紙の束とペンを顔に突き出す。

「報告書を書いてください」「何の?」「雪山で討伐したモンスターについてです」

アルジはうろたえた。そんなものを書いたことはない。というか,「書けないんだけど」「腕がないからですか」「そう」「使えれば書けますか」鋭い。「たぶん,書けない」「調査隊で執筆の指導は受けなかったんですか」「うーん,文字を読むのがすごく苦手で」「これまではどうやっていたんですか」「書ける人に代筆してもらっていた」

ケライはひとつ大きな息をついた。「では喋ってください。私が書きます」

二人は隣あって座り,アルジが話す内容をケライが書き留めようとした。だがその内容はひどいものだった。「黄色くて大きい。雪から出て食べ物を食べる」といった,子供の観察日誌のようなレベルである。

「これでは駄目ですね」「ごめんなさい」

するとケライは積んであった本を一冊取り,中を開いた。そこには報告書の例が書かれたイラストと,報告書のために必要な情報が,別のページ,もしくは章に分かれて書かれている。それを指でなぞりながら説明をする。

「報告書の書き方は厳密に決まっていて,その手順に従えば書けるようになります。今回討伐したモンスターを例に,書き方を学んでもらいます。いいですか」「きれいな指だ」

アルジはラウンジ全体に響くほど大きなビンタをくらった。



モンスターの名前は,2つの部品からなる。モンスターの特徴を示す通称と,モンスターそのものの名前である。今回は雪山で発見され,光る胞子状の擬餌,長い胴体をもっていたことから,通称を雪灯籠と名付けた。名前は既存の単語にないもので,語感のよさを備えるものなら良いということでキューチェクという綴りを選んだ。

アルジは雪山で,新種のモンスター『雪灯籠キューチェク』に出会った。名前がつくだけでそれっぽく見える。

その後は外見の特徴,わかりうる範囲での生態,遭遇時にとった対処や今後遭遇した際の注意点などがつづく。素材が有用な場合は新たに別の報告書で記録されることもある。

ケライが矢継ぎ早にくりだす質問に,アルジは随時答え,それをケライが書き留めてゆく。どのように書かれているかアルジは興味をもち,徐々に距離を詰めていったが,やがて白紙を埋めていくインクに見入る。

「あの」ペンをはしらせながらケライが言う。「なに」「顔が近いです」「けっこう読めるなあと思って」「本当ですか」「うん,本の字は全然読めないけど」

はじめは乗り気でなかった報告書も,自分の言葉が整然と固定されていく様子にアルジは興奮した。虚空に消えさるはずの自分の経験は,文字を通せば記録に残すことができるのだ。本に埋もれながら二人羽織のような状態で文章を書く二人を,ラウンジを行き交う人々は微笑ましく見た。

10枚ほど書いたところでケライはペンを置いた。「今日はここまでにしましょう」「もう終わりなの」「はい」「まだ書きたい」「書くのは私です」

時間もちょうどよいので,昼食をとることにした。アルジは机をずらすとシートを床に敷き,メニューの載った盆を置いてから座りこんだ。テーブルの上で食べるには足が疲れるためだ。するとその向かいにケライは別のシートを敷き,何往復もしながらメニューを並べて座った。

奇妙な空気のまま祈りをささげ,食事がはじまった。

「ケライまで床に座ることないのに」

「アルジさんがこぼすたびに立ち上がるのは面倒ですから」「そう簡単にはこぼさないよ。たぶん」

「なーに面白いことしてるんですか?」その言葉とともにケライの両肩が叩かれた。思わずケライの身体がはねる。ふりむくとシンキだった。

「あ!アルジさん一人で食べられるようになったんだ!えらいねー」「からかわないでくださいよ」

「私たちもご一緒してよろしいですか?」ミミがボッチを連れてやってきた。「うんうん,みんなでたべよー」シンキが二人も誘う。

机と椅子が並ぶラウンジで,シートは敷かれているものの大勢が地べたで食事をとるのは奇妙な光景である。「昔の遠足思い出すねー」「エンソクって何ですか」「え!?遠足したことないの?」「遠足っていうのは…」



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