055

翌朝,アルジは目を覚ますと,自分が柱にくくりつけられ身動きできないことに気付いた。おまけに右足に痛みがあるので,昨晩マッパを怒らせ懲罰されたのではないかと不安になる。

その動きに目を覚ましたマッパはアルジの頬をはたき,心配させるなと怒鳴る。やはり自分は昨日マッパさんを怒らせたんだ。だが全く記憶がない。妙な頭痛が残っているだけだ。

「あの,私,昨晩マッパさんに何をしたんでしょうか,何も覚えていないんです」

記憶喪失のようなアルジ。その様子をはじめは嘘かと訝しんだマッパだったが,話を聞くと真実のようである。そこで,昨晩何があったかをマッパが知る範囲で答えた。夜にアルジのうめく声が聞こえたためキャンプを出ると,足をナイフで刺されたアルジの姿があり,しかも自分を柱にくくりつけろと言ってきた,という。

その言葉に必死に記憶を遡るアルジ。だが,全く思い出せない。なぜ思い出せないのか,という部分に自傷行為に至った答えがあるはずだ。そこで湿地に出たいマッパをなんとかつなぎとめ,ケライの報告書を読みあげてもらう。

穴に落ちたケライは,意識を保つため鎮痛剤を打った。自分が足を刺したのも意識を保つため?なぜ穴に落ちてもいないのに自分は意識を失いそうになったのか。そもそもなぜキャンプを出たのか。

「わかったか?」隣に腰かけてそう言ってきたマッパの様子に,昨晩のキャンプ内の情景がわずかに甦る。そうだ。昨日,いびきがうるさかった私は,風に当たるためにキャンプを出たのだ。そして,

心の突風が自分を突き抜けてゆくのを感じた。

「わかりました」目を見開いたまま無表情でアルジが答える。その様子にマッパはやや不気味に感じながらも「何だ?」と問う。

アルジは顔をマッパに向けて答えた。「幻覚です。あの木は幻覚作用のある花粉,またはそうした物質を撒いて,獲物を誘いこむんです」「そうなのか?俺にはわからんが」「昼は山から木に向かって風が吹くので,それが起きないんです。でも,夜になると温度差で木からキャンプに向かって風が吹く」

「だから幻覚にひっかかるってわけか」「はい」「じゃあ落とし穴の場所がわかってもどうにもならないな」「いえ,その花粉を持ち帰れば,幻覚を無効化する薬が作れるかも」「その花粉はどこにあるんだ」

アルジが腕で木を指す。「当然,あの木です」その言葉にマッパがひどく面倒くさそうな顔をする。「取ってこいと」「お願いします。これ以上私たちが傷つかずに湿原を抜けられるかは,幻覚の効かないマッパさんにかかっているんです」「えー,俺だって幻覚にかかるかもしれないだろ」そのボケには突っ込まず,アルジはマッパの目を見続けた。

「わかったよ,取ってくればいいんだろ」「あ,ついでに幹も採取してきてもらえると助かります」

「はぁ?」



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