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湿地で大型の獣を仕留めたクビワとシッショは,その獲物を湿原へ続くキャンプへと持ち帰っていた。それはシッショが初めて湿地を訪れたときに見たモンスターだ。はじめにシッショが伝えた情報をもとに,それは泥盤獣タルポラと名づけられていた。生物の減った湿地の奥で,再びその姿をとらえることができたのだ。
ただ,クビワを連れてきたのは間違いだった。気が立ったそれを敵とみなしたクビワが屠ってしまったのだ。ゆえに,他の個体が見つからないかぎり,その生態を知ることはほとんどできない。シッショ自身が見たものを,他の隊員がどれだけうまく聞き出せるかが重要だろう。
泥盤獣はその名のとおり,泥の中で生活し,時々顔を出して呼吸するようだ。クビワが近づくと背中を向け,泥が幾層も積み重なったそれを壁のように見せつけた。なおも怯まず接近するクビワに,泥盤獣は後ろ向きのまま猛スピードで迫ってきた。背中で押し潰す気だったようだ。だが相手が悪かった。素早く横に回りこんだクビワに柔らかい腹を貫かれ,あっという間に倒されてしまった。
仕方なく,シッショはその亡骸を持ち帰るようクビワに頼んだ。クビワはそれを軽々と頭上にかかげ,水が垂れてくるのを不快に思いながらもキャンプまで運んだ。
獣車に積み込めるよう解体するシッショの横で,クビワが焼けた肉をほおばりながら聞いてきた。
「シッショ」「なに?」「さっき兄チャのニオイしなかったか?」
「え?」驚いてシッショの動きが止まる。「クビワの兄チャ?」「うん」「でも兄チャって死んだはずじゃ」「うん」クビワが悲しそうな顔をする。シッショは急いでクビワに抱きつき,背中をなでた。「ああもう,ごめんねクビワ。思い出させてごめん。でもさっき兄チャのにおいがしたんだね」シッショになでられ,落ち着いたクビワは顔を振ってからいつもの笑顔を見せた。
「うん,兄チャのニオイした」「どこで?」「のはら」
のはら。クビワは湿地のことは「みずべ」という。誰かに場所の名前を教わったとき,間違えて覚えたのだろう。だからのはらは別の場所だ。それはおそらく,湿地の先に広がるデコボコの荒れ地を指している。
シッショ達は泥盤獣を発見する直前,湿地を抜けて荒れ地へ到達した。何度かの中断を経て,ついに湿地を抜けたのだ。だがそこを通って北へ行くのは大変そうだった。戦って勝てるようなものではないからだ。かつて草原だったのかもしれないが,今はあちこちが隆起し,緑に隠されていた黄土色の肌が顔をのぞかせている。原因は荒れ地全体で起きる地震活動だろう。もしかすると湿地の生物が減っているのは,その地震を恐れ避難したためかもしれない。まあ,ヘタに地面が抜けて落下したら助けられないので,一旦そこを進むのはあきらめ,抜けられる道がないかうろうろしていたわけだ。
ところがクビワの兄がいるとなれば様子は変わる。というか大発見である。この北の大陸で,調査隊以外の人間がいることになるのだ。急いで帰って報告しなくては。シッショは手早く荷物を積み込み,満腹で眠るクビワをどうにか獣車に乗せると,里へ向かってダモスの足を進めた。
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